「そ、そんな……私が怪盗なんて無理ですよ……!! 第一私、探偵志望なんです!!!!」
胸の前に上げた手をブンブンと大きく横に振る。慌てるあまり、自然と声も大きくなってしまっていた。
なぜいきなりこのようなことになってしまったのだろうか。まず今日はとんでもない悪夢を見て、飛び起きてリビングに降りたらおばあちゃんの宝石が盗まれて、こんな深夜に泥棒を慌てて追いかける羽目になって、泥棒に殴られるかと思いきや怪盗に助けられて……。そして今はその怪盗に「怪盗にならないか」と誘われている。出来事を改めて整理してみたけれど、それでも理解が追いつかない程今日は色々なことが立て続けに起こっていた。
(というかこの人、見た目が怪盗っぽいなとは思っていたけれど、本当に怪盗だったんだ……)
なんてぼんやりと考えながら、目の前の怪盗を改めて観察してみる。膝のあたりまである長めの黒マントに、黒いスーツ、そして黒いシルクハットと、銀色の仮面を付けていた。そして長い茶色の髪をポニーテールにしている。身長は私より20cm程高く、私を見下ろす顔には少しばかりの笑みが浮かんでいた。口角は少しだけ上がっている。
「無理、かぁ。……残念だなぁ、君が適任だと思ったのに」
口から出てきたのは私の断りを悲しむ言葉だった。顔には微笑が浮かんでいるものだから、全くもって説得力がない。正直胡散臭いなと思いながらも、言葉を返す。
「なんで私が……しかも適任ってどういうことですか……?」
「君ほど正義感に溢れた目をしている子はそうそういない、って話だよ」
何を言っているのだろう、怪盗なぞに正義感は必要なのだろうか。確かにこの人は悪い人には見えないけれど。
なんてぐるぐる考えていたら、怪盗に一歩距離を詰められた。思わず半歩下がると、彼女は肩をすくめる。
「そんなに警戒しないでくれ。取って食ったりはしないさ」
「いやっ、普通警戒しますよ……! 深夜の路地裏で学生を怪盗にスカウトだなんて、普通しませんから!」
「はは、それもそうだ」
怪盗は楽しそうに笑った。そのまま指をすっと上げ、私の手の平にあるダイヤモンドを指差す。
「その宝石にはね、特別な力があるんだ。そしてこれと同じように特別な力を持っている宝石が、この世には十二個ある。『祝福の十二石』って呼ばれていたかな」
「…………?」
「それにね、その十二石が集まれば、百年に一回だけ、願い事が何でも叶うというとんでもない伝承があってね」
先程まで私をスカウトしていたかと思えば、急にファンタジーな話をし始めた。さっきから混乱していた私の頭はさらに混沌を極めていく。
「まぁ今は信じなくてもいいさ。でも本当の事なんだ。さっき、そのダイヤモンドを盗もうとした泥棒がいただろう? その事実こそが、『宝石が特別な力を持っている』という証明にならないかな」
信じられるはずがない。おばあちゃんのダイヤモンドを眺めたことは何回もあったけれど、そんな話は聞いたことが無い。
でも、なんとなく心当たりがあった。今考えてみれば、あのダイヤモンドには、人の瞳を吸い込んでしまうかのような特別な輝きがあった。
じゃあもしかしたら。もしかすると、この怪盗が言っていた「特別な力」とか「祝福の十二石」とか、一見空想事に見える話も本当なのかもしれない。
「ねぇ、ちょっと考えてみて欲しいのだけれど、ただ綺麗なだけの宝石に、命懸けで泥棒が来ると思うかい?」
確かに怪盗の言う通りだ。あの泥棒の目。宝石を見つめていた男の、あの執着。ただのダイヤモンドに向ける目じゃなかった。
「さっきも言った通り、この宝石は『祝福の十二石』だ。そして__」
怪盗は一度言葉を区切った。仮面の奥の視線が少しだけ険しくなる。まるで何か、苦い思い出を掘り起こしているかのようだった。
「十二石を集めようとしている連中がいる」
「それは、願い事のために……?」
「おそらくね。世界征服だろうが、不老不死だろうが、死者蘇生だろうが……願いは人それぞれだ。だが、これだけは断言できる。大半の輩はろくでもないことを叶えようと企んでいる」
「だから、今君が持っているそのダイヤモンドも、狙われ続けてしまう。それにこのままだと、他の十二石も悪い輩の手に渡ることになる」
怪盗は遠くを見つめて言った。何だか急に現実味を帯びてきたような気がする。今日泥棒に侵入されたけれど、それが今後も続く可能性があるんだ。今私の手の中にあるダイヤモンドが、急に重くなったような気がした。
「……じゃあ、どうしろって言うんですか」
絞り出した言葉は、さっきより遥かにか細くなっていた。心做しか手も少し震え始めているような気がする。幸いなことに怪盗は、私の変化には気を留めず、質問に答え始めた。
「先に奪う」
「えっ?」
「私達怪盗が先に奪って全ての宝石を集めて、悪人の手に渡るのを防ぐ」
返ってきた言葉は予想外のものだった。おかしい、そうはならないだろう。警察とか、他にもっと頼れる場所があるはずだ。
「警察とか、頼れないんですか……」
「こんなファンタジーな伝承、警察が信じて動いてくれると思う?」
即答だった。怪盗はどこか悲しそうな、苦笑いを浮かべている。確かに、と思った。
「だから私は、君に怪盗になって欲しいんだ」
「なんで私が……」
「残念だけど」
もう何度目かも分からない文句を口にした直後だった。怪盗の声が一際低くなる。
「残念だけど、私はもう動けないんだ」
そう言って怪盗はマントの裾を少しだけ持ち上げた。思わず息を飲む。膝から足首にかけて、包帯がぐるぐると巻かれてあった。
「……怪我、ですか」
「ああ。少し前に派手にやられてしまって。走ることも、屋根を跳ぶことも、もう昔みたいにはできないんだ」
口調は先程と全く変わっていないが、声色は先程とは全然違って悲しそうだし、表情も笑っているけれどどこか憂いを帯びているように見えた。怪盗はそのまま私の方に手を差し伸べる。
「でも君なら、迷わず泥棒を追えるような君なら、君ほど正義感の強い人間なら、立派に十二石全てを集めてくれるだろう?」
買いかぶりすぎだ。この人はどこまで私に期待しているのだろう。
「それに君は探偵志望だったね。ならばちょうど良い。十二石の行方と真相を追うだなんて、これ以上無い事件じゃないか」
「……!」
ずるい。この人は本当にずるい。そんな言い方をされてしまったらどうしても興味を持ってしまう。それにここまで言われたら、断るなんてことはできなかった。
自然と手が動く。気付けば怪盗の手を取っていた。
「……分かりました。十二石を取り返すまで。それまでなら、協力します」
数秒間の沈黙が走る。なんだか気まずくて、気恥ずかしくて、怪盗の顔を直視できなかった。
「交渉成立、だね」
ふと柔らかな声が聴こえて怪盗の方を見る。仮面の奥の小豆色の目と私の桜色の目が合った。
怪盗は、いつもの微笑の奥にごく僅かな安堵をにじませていた。常に微笑で覆っている部分があるけれど、案外感情の起伏は分かりやすいな、と内心こっそり思った。
「私の名前は怪盗Aegis。これからよろしくね」
それから私は家を離れることになった。とりあえず、十二石のうちのいくつかがあると言われている日本に行くことになったのだ。驚いたことにAegisさんも私も日本人の血が多く流れていたから、というのも理由だったりする。そういえば、路地裏のあの会話は全部日本語だった。
問題は皆とどうやってお別れするか、だった。
心配をかけたくなかったけれど、本当のことを話すわけにもいかないし信じて貰えるわけもないから、おばあちゃんには曖昧に事情を説明して家を離れたいと申告した。
おばあちゃんは最初驚いていたけれど、拒絶することもなく受け入れてくれた。
「今のリオ、とっても生き生きしているもの。私に止めることなんてできないわ。ただし、自分の体と心だけは大切にするんだよ」
本当に本当に優しいおばあちゃんだと思う。ありがとう、こんな急な形になっちゃってごめんね。また会いに来るからね。
バセにも事情を伝えようか迷ったけれど、やっぱり辞めた。バセは探偵を目指しているんだもん。怪盗だの宝石だの余計な情報を伝えて探偵になる邪魔をしたくなかった。
そう思ってバセには何もしないまま日本に行ったけれど、やっぱりバセのことが気がかりで、どうしてもなにか行動したかったから、バセの中学卒業の日に合わせてイギリスに手紙を送った。
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『中学卒業おめでとう、バセ。もう直接会えそうにないので、手紙を残すことにしました。こんな形でのお別れになっちゃってごめんね。
出会ってから6、7年くらい⋯かな?仲良くしてくれてありがとうございました。イギリスに来たばかりの頃は英語もおぼつかなくってすっごく不安だったんだけど、バセがいてくれてほんとに良かった! 日本語話せてしかもホームズにハマってくれる友達がいたのすっごく心強かったよ〜!
もちろんそれだけが理由じゃないんだけどね! バセの性格?が好きです! なんていうかこう⋯根本が私と一緒で、好奇心旺盛だったよね⋯!
私があれやろう、これやろう、って言ったら最初は冷たい目で見てくるけどさ、最終的にはバセもノリノリになってるもんだから、面白いやつだな〜って思ってました!
もう会えないのが辛いよ⋯。でも私が選んだ道じゃあこうするしかないんだ。ごめんね。
家のこと、バセはあんまり話さなかったけれど、ほんとはすっごく辛かったと思う! ここから先の話で不快に思わせちゃったらごめんね。でも最後だからちょっと言っておきたくて。
バセのこと責めてくるクラスメートが多かった⋯っていうか大半の人がバセに対して悪いイメージ持ってたみたいだし、何ならバセも自分のこと責めてたけど。それは絶対に違うから!!もう誇って生きてね!?!?バセはやられたいたずらはやり返すしわりと辛辣なこと言ってくるけど、なんというかそんな責められるような悪者扱いされるような器じゃないというか。絶対敵対者じゃないというか。どっからどうみてもいい奴っていうか。
今後またバセのことを「敵対者(笑)」とか冷笑してくる人が現れたら、バセは一発腹いせに殴ってもいいと思います!!私はそのくらいに思ってる!!なんだか話が逸れちゃったけれど、バセは堂々と生きてね。幸せになる権利がない、とか言ってたけど幸せになって良いんだよ!!⋯なんか最後に重い話してごめんね。
長々と書いちゃったけど、最後にこれだけ! 絶対絶対探偵になってね!私との約束!』
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またね、バセ。さようなら。
こうして私は怪盗になった。
世界の平和をかけた長い長い冒険の始まりだ。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!