「なあ、アクシア。お前ってさ、いつから俺のこと怖がるようになったの?」
淡々とした声。
まるでその質問の重さに気づいていないかのような、日常の一言みたいに。
けれど、俺は答えられなかった。
ローレンは椅子に座り、俺の目の前にいる。笑っていた。
でも、その笑みの奥には確認するような、危険な光があった。
「昔みたいにさ、俺に笑ってよ。できるでしょ?」
「初めて会った日みたいにさ」
無理だ。
けれど、首を横に振れば、また理由を探してくる。
だから、黙っていた。何も言わなかった。
沈黙が落ちるたびに、この部屋の空気が少しずつ重くなる。
ここに来て、何日が経っただろう。外が昼か夜かも分からない。
食事は出る。水もある。暴力は一切ない。
けれど、それ以上に厄介なのは、ローレンが優しすぎることだった。
「寒くない?ブランケット、もう一枚持ってくるか?」
「無理に喋らなくてもいいよ。そばにいるだけでいいんだ」
まるで恋人のように、俺を気遣い、大事にするその手が出口を封じている手だということに、彼だけが気づいていないふりをしている。
ある夜、俺はとうとう言った。
「ローレンさ、これ本当に愛なの?」
その瞬間、彼の笑みがピクリと歪んだ。
ほんの一瞬。けれど、確実に。
「……違うって、言いたいの?」
「うん。少なくとも、俺は……怖いよ。ローレンが」
沈黙。
そのあと、ローレンは立ち上がって、壁に寄りかかった。
笑いも怒りもない、無表情のまま、ひとことだけ。
「なら、俺はもう、全部壊していいってことだよな」
部屋の空気が変わった。
優しさという名の監禁が、本物の狂気へと形を変え始めた。
ローレンは俺の好きだった曲を消した。通信機器はすべて破壊された。
俺が誰かとつながる可能性を、ひとつひとつ潰していく。
「もう、アクシアは俺だけ見てればいいんだよ。わかってる。これは普通じゃない。でもアクシアを自由にしたら、もう俺のとこには戻ってこないでしょ?」
狂気の奥には、絶望的な寂しさがあった。
ただ壊してでも、失いたくないとだけ繰り返した。
僕はまだ、ここにいる。
出口のない夜に、埋もれている。
それでも、どこかで思ってしまう。
あの優しかった日々に、もう一度だけ戻れたら、と。
それが、何より危うい希望だと分かっているのに。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!