第3話

No.2
30
2025/12/01 14:29 更新
七海は、夜の布団の中で何度も思い返していた。
七海
「はぁぁ」
────結局、渡せなかった。
枕に顔を埋めてジタバタしたくなるほど、恥ずかしくて、それでも嬉しくて、でもやっぱり恥ずかしい。そんな感情だけが胸でぐるぐるして、眠れなかった。


気づけば朝になり、睡眠不足のまま家を飛び出す。
七海
「やばっ、遅刻する!」
寝不足の 目をこすりながら家を飛び出したのに、なぜか足取りは軽かった。
七海
「……今日こそ、渡せるかもしれないし……」
ほんの少しだけ期待を抱きながら、七海は駅へ向かった。
ホームに着くと、いつもより早めの電車待ちの人混み。その中で、例の人物を探してしまう自分に気づく。


────藤宮くん、今日も来てるかな……。


キョロキョロと目を走らせていると、突然、横からタッチされる。
三嶋晴斗
「おっはよー、七海!」
七海
「ひゃっ……!」
びくっ、と肩が跳ねた。
振り向くと、そこにはニコニコ全開の三嶋晴斗。
手を振る勢いで、こっちまで風が来そうだ。
七海
「な、なんでいるんですか!」
三嶋晴斗
「なんでって、七海の恋を成就させるためでしょ?」
七海
「だから、別に成就とか……そ、そんなの……!」
三嶋晴斗
「おー赤くなった!」
七海
「ちょっ!近いです」
晴斗は楽しそうにじっと覗き込んでくる。

その顔が近くて、七海は慌てて一歩下がった。
三嶋晴斗
「昨日言ったじゃん。俺、手伝うって」
七海
「……ほんとに来るなんて……」
嬉しい気持ちと、困る気持ちと、恥ずかしい気持ちがごちゃまぜになっていると、晴斗がひょいっと七海の手元を覗いた。
三嶋晴斗
「で? 今日のメモは?」
七海
「……な、ないです。昨日のは……」
潰して捨ててしまった。
あんな恥ずかしいの、もう!書けない。
三嶋晴斗
「えー、書いてねえの?」
三嶋晴斗
「根性なしだな~!」
七海
「ほっといてください!」

ぷん、と七海がそむけると、晴斗は笑った。
三嶋晴斗
「書いてなくても大丈夫だよ。俺がしゃべるから」
七海
「えっ!?や、やめてください!」
三嶋晴斗
「安心して、上手くやるから」
七海
「っや、ほんとに!」
(や、やめて!? 本当にやめて!?)
晴斗が平然と続ける。
三嶋晴斗
「冗談だよ。半分くらいは」
七海
「半分は本気なんですか!?」
七海がパニックになっているところで、いつもの電車がホームに滑り込んできた。

ガタン、とドアが開く。
そして────七海の心臓が跳ねる。


藤宮湊。



今日も変わらず本を片手に、少し眠そうな目で車内へ歩いていく。髪が朝の光に揺れて、七海は思わず見入ってしまった。
七海
「……っ……!!」
(今日も一日頑張れそう……)
そこに、すかさず晴斗が耳元で囁く。
三嶋晴斗
「七海、行くぞ!!」
七海
「な、なんで背中押すんですかっ!」
三嶋晴斗
「あの距離で黙って見てたら、一生話せないよ?」
言い返せない。けれど、勇気は追いつかない。
そんな七海を、晴斗は片手でひょいっと押し出した。
三嶋晴斗
「ほら、乗るよ〜」
七海
「ちょ、ちょっと……!」
結局二人で車内に入った瞬間、七海の視界に湊の後ろ姿が大きく映る。
その瞬間、心臓がドクンと跳ねた。
(どうしよう……今日も無理かも……)
でも、晴斗は諦めない。
三嶋晴斗
「作戦Aいくぞ」
七海
「え、なにその作戦…?」
三嶋晴斗
「あれ?言ってなかったけ?」
三嶋晴斗
「えーっとな、まず俺が湊を呼び止める。七海はそのあと隣に立つ。で、自然に話し始める流れにしてやる」
七海
「自然……?」
(どう考えても自然じゃない)
(100%不自然だ)
でも、言ってる間に晴斗はすでに動いていた。
三嶋晴斗
「よっ、湊!」
藤宮湊
「…ん?あっ、おはよう」
湊は本から顔を上げて、軽く目を見開いた。
晴斗の明るさに押されて、ほんの少し口元が緩む。
七海は慌てて後ろから追いかける。
(ぅわ……近い……!)
藤宮湊の横に立つなんて、夢みたいだ。
けど、緊張で手が震える。どうしていいかわからず、ただ下を向くしかない。



そのとき、
晴斗が、七海の背中をポン、と押した。
三嶋晴斗
「ほら七海、挨拶!」
七海
「ひ、ひぇっ!?」
変な声盛大に出た。
湊がキョトンとした顔で七海を見る。
七海
「あ、え…お、おはようございます……」
藤宮湊
「……おはよう」
湊は一瞬だけ目を細め、優しく微笑んだ。
それだけで七海は呼吸の仕方を忘れる。
(はっ、はかいりょく……ヤバっ‼)
(無理……し、死ぬ……)
足がふらつきそうになったところを、晴斗が支えてくれる。
三嶋晴斗
「ほらな、できたじゃん」
七海
「む、無理に決まってるじゃないですか……!」
三嶋晴斗
「なに言ってんだ、めちゃくちゃ可愛かったぞ」
七海
「かゎ……っ!? やめてくださいっ!」
七海が耳まで真っ赤にしていると、電車が大きく揺れた。



ガタン────


バランスを崩した七海は、思わず湊の腕に触れてしまった。
七海
「わっ、ご、ごめんなさい!」
パッと手を離すと、湊は少し驚いた顔で七海を見たあと、首を横に振った。
藤宮湊
「いや、大丈夫だよ」
その優しい声で、また七海の頭は真っ白になる。
(どうしよう……今日も無理……ほんとに無理……)



しかし、晴斗は諦めない。
三嶋晴斗
「七海、ラストチャンスいくぞ!!作成B!!」
七海
「まだあるんですか!?」
三嶋晴斗
「当たり前! 七海の恋は俺に任せろ!」
七海
「任せたくないです!!」
そのやりとりに、湊が軽く苦笑した気がした。
七海はさらにパニックに陥る。




そのとき、車内アナウンスが流れた。
車内アナウンス
「まもなく──最上川駅」
晴斗が七海に目で合図する。
三嶋晴斗
「今だ」
七海
「む、無理……!」
七海が固まった瞬間、電車がまた揺れた。



そして────
晴斗が七海の背中を軽く押した。

七海の手が、湊のコートの端をつまんでしまう。
七海
「あっ……!」
湊が振り返る。
七海は顔が火のように熱い。言葉が出ない。


それでも。
湊の表情は、昨日よりも少し柔らかかった。
藤宮湊
「……なにか、言いたいことあった?」
優しい声。その問いかけ。
七海の胸がぎゅっと締めつけられる。
(い、いま……言わなきゃ……!)
喉が震える。
勇気が、欲しい。
その瞬間、晴斗が小声で囁く。
三嶋晴斗
「頑張れ、七海」
その声に押され、七海は息を吸う。
七海
「……あの……き、昨日……渡したかったもの……があって……」
湊が驚いたように目を開く。


七海は震える手で、鞄を探る。
そこには紙はない。
でも、言葉なら……伝えられるかもしれない。
七海
「……あの……」
次の駅に電車が滑り込む。
ドアが開く。
一瞬の静寂。
七海は意を決して、口を開いた。
七海
「──あの、あなたのこと、好きで……」




言い終える前に。

大量の乗客が一気に流れ込み、七海の身体は押し流されてしまった。
七海
「わっ……!!」
気付けば、七海は晴斗の背中にぶつかるように押し込まれていた。
湊は手を伸ばしたまま、七海を見ている。


七海も必死に手を伸ばすが────届かない。
晴斗が慌てて引き寄せる。
三嶋晴斗
「お、おい七海!?」
ドアが閉まる。
藤宮湊は、少し驚いたように七海を見つめながら、ドアの向こうで立ち尽くしている。

七海は胸を押さえて、息を整える。
(言えなかった……また……)
俯く七海の肩に、晴斗がぽん、と手を置いた。
三嶋晴斗
「……いいね。今の、めっちゃ進展したじゃん」
七海
「……どこが……」
三嶋晴斗
「湊、絶対気づいたよ。七海の気持ち」
七海は顔を上げる。
七海
「……そう……かな……」
三嶋晴斗
「そうだよ!!」
晴斗はニッと笑う。
三嶋晴斗
「明日も頑張ろう!!」
七海は少しだけ微笑んだ。
七海
「……うん」






電車の窓に映る、自分の顔は赤いまま。
でも、昨日よりずっと前を向いていた。




























────この恋の列車は、まだまだ走り出したばかりだ。

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