第18話

山の神と海の神①
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2023/09/03 18:35 更新
 波の音が心地よく響く夜の浜辺。私は時々、ここに来る。丸い月や小さな街の光が水面に反射して輝いているのを見るのが好きだった。

浜辺を歩いていると足に違和感を感じた。何かを踏んでいるような感覚。足をどけると、
「貝殻…?」
見たこともないような綺麗な貝殻があった。それを拾い上げてみると周りの光を反射し、キラキラと光った。まるで海みたいに。そうだ、これを山の神様のところへお供えしよう、と私は山の方へ掛けていった。
寄せては返す波が少し、揺らいだ。水面に映る月が歪んだ。

私の住む街には山があり、その山頂には街を見守るように神社が建てられている。私の目の前にある建物。小さな鳥居をくぐった先にある少し古びた社。ひんやりとした空気を感じながら、私は社へ近づいた。そしてさっき海で拾った貝殻を置き、手を合わせた。この街をいつまでも見守っていてください。そう願いを込めて目を閉じる。しかしその瞬間、ぐわん、と地面が動いたような感覚が襲ってきて、思わずその場に倒れ込んだ。
「……え?」
目を開けた先に広がっていた景色に驚き、呼吸をすることを忘れてしまう。揺れる光、打ち寄せる波の音。
────海だ。でも、どうして。
「どうしたの?」
急に後ろから声を掛けられビクッとする。振り返るとそこには私よりも年上であろう少年が立っていた。
「具合悪いの?」
おにいさんは心配そうに、そしてどこか寂しい顔でこちらを見ていた。
「ちがう、私、さっきまで神社に……」
信じてはくれないだろうな、と思いつつなんとか伝えようと必死に口を動かす。
「……そっか」
私の言葉を聞いた途端、おにいさんの表情が少し変わったような気がした。悲しいような、苦しいような、そんな顔。その顔のまま、次の瞬間おにいさんは信じられない言葉を口にした。
「落ち着いてよく聞いて。君は、呪われてるんだ。今いるこの世界も、さっきまで君がいた世界とは違う」
真剣な眼差しでまっすぐこちらを見ている。おにいさんは、本気で言ってるんだ。
「なんで……? 私、呪われるようなことなんて……」
「君は、山の神様と海の神様の話は知ってる?」
「……知らない」
「じゃあ今教えるから、ちゃんと聞いててね」
「うん」
おにいさんは真剣な表情のまま話し始めた。
「山の神様と海の神様は仲が悪いんだ。……いや、違う。神様、昔は人間で、夫婦だったんだ。とても優しい夫婦。でも、大きな災害をきっかけに生贄としてそれぞれ山と海に捧げられちゃってから人々を恨むようになった。そして長い間恨み続けてきた結果、人々だけでなく山も、海も、夫婦であった相手をも恨むようになってしまった。多分、仲が悪いって言われてる理由がこれ。そんな事があったからね、海のものを山に持ち込むと神様達を怒らせてしまう。もちろん、その逆もダメだよ。怒った神様はその人間に呪いをかけるんだ」
その話を聞いてゾッとした。だって私は、貝殻を山に持っていってしまったから。神様を怒らせてしまったから。
「呪いって何? どうすれば元の世界に帰れるの?」
私は怖くなって早口で尋ねた。おにいさんは少し間を置いてから口を開いた。
「呪いをかけられた人間は、夜明けを過ぎるとこの世界に囚われてしまう。それでそのまま神様の生贄になるんだ」
「それって死ぬってこと…? 
嘘だよね…?」
「本当だよ」
どうして。私はただ、神様のためにお供えをしたかっただけなのに。私は絶望した。夜明けはきっともうすぐだ。
「まだ諦めるには早いよ。呪いは必ず解ける。僕も一緒に行くから」
「どうすればいいの?」
「えっとね、山と海にそれぞれ花が咲いてるんだ。それも不思議な形の花。まるで一輪の花を二つに割ったような花でね。それを摘んできて合わせ、空に掲げるんだ」
「空に?」
「そう、空は海と山を繋いでいるから。海と山の花を繋ぎ、それを空に掲げる。すべてが繋がった時、神の怒りは鎮まる。不思議な話だよね」
「おにいさんもそれを探してたの?」
「……うん、そうだよ」
それなら急いで探さなくてはいけない。私はすぐさま浜辺を走り回り、その花を探した。

花を見つけるのは簡単な事ではなかった。どこまでも続く浜辺を移動するのはなかなか大変なことだ。走って、周りを見回して、また走って、体力は確実に失くなっていった。そして何より恐ろしかったのは、
『生贄…………生贄ヲ…………………』
怪物である。奴らは様々な見た目をしているが、行動は皆同じであった。それは私達を捕まえ、喰らおうとすること。この世界全体に存在するらしく、おにいさんが言うにはソレに捕まれば最期、らしい。
「お花、どこだろう……」
私は草の生えている所をガサガサと探していた。すると後ろから、
『神ハオ怒リダ……』
声が聞こえた。振り返る。
「……え?」
私のすぐ後ろにいたソレはニタニタと不気味な笑みを浮かべながら続ける。
『生贄……生贄……』
そして私の腕を物凄い力で掴み上げた。痛みと、わけもわからない恐怖で息が詰まる。どうしよう、私、まだ、
「その子に触るな」
おにいさんの声だ。でもさっきよりもずっと低い、地を這うような声。何が起きているのだろう、と考えている暇も無く、気が付いたら怪物は消えていた。おにいさんが、助けてくれた。
「すごい!」
「そうでもないよ」
おにいさんは笑った。太陽のような笑顔、なんて言ったらおかしいかもしれないけれど、そのくらい眩しく見えた。

「……あ、あった…!」
おにいさんに助けられ、怪物から逃げながらようやく見つけたそれは、どこか寂しそうに見えた。半分を失い、物悲しく揺れているように見えるその花を、私は摘み取る。おにいさんの分も一緒に摘んだ。神様に、ごめんなさいってちゃんと言わなきゃ。花はほんのり甘いにおいがした。次は山の花だ。早く、早く探そう。

夜明けが私を攫う前に。

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