第6話

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2026/06/18 09:00 更新
 最初は、本当に些細なことだった。

 いつも通りの昼。

 いつも通りのカフェ。

 いつも通り向かいに座るあなた。

 特別な日じゃない。

 約束していたわけでもない。

 たまたま予定が合ったから昼を一緒に食べているだけ。

 それなのに。

「聞いてる?」

 あなたが言った。

「聞いてるよ」

 フランシスはコーヒーを口に運ぶ。

 嘘だった。

 半分くらいしか聞いていない。

 最近こういうことが増えた。

 あなたといると、話の内容より表情を見てしまう。

 何を考えているのか気になる。

 何が面白くて笑ったのか気になる。

 別に珍しいことじゃない。

 仲の良い友人なら普通だ。

 たぶん。

 きっと。

「それでさ」

 あなたは続ける。

「昨日出掛けてたんだけど」

「へぇ」

「久々に映画館行った」

「いいじゃん」

 そこで話は終わると思った。

 終わればよかった。

「知り合いに誘われて」

 フランシスの手が止まる。

 ほんの少しだけ。

 自分でも気付かないくらい短い時間。

「ふーん」

「面白かった」

「よかったね」

 自然。

 完璧。

 我ながら完璧な返事。

 そのはずだった。

「その人、映画好きなんだって」

「へぇ」

「結構話合うんだよね」

「へぇ」

 なんだその返事。

 自分でも思う。

 でも他に言葉が出てこない。

 あなたは気付いていない。

 気付かなくていい。

「あとさ」

 まだ続く。

「背高かった」

「へぇ」

「優しいし」

「へぇ」

「面白いし」

「へぇ」

「……」

「……」

 あなたが首を傾げた。

「へぇしか言わないじゃん」

 フランシスは笑う。

 反射だった。

「そう?」

「そう」

「ちゃんと聞いてるよ」

「聞いてないだろ」

 聞いている。

 だから困っている。

 聞いているから。

 妙に面白くない。

 理由は分からない。

 別に恋人じゃない。

 束縛する権利もない。

 そもそも何に引っかかっているのかすら分からない。

「今度また遊ぶ約束した」

 あなたが言う。

 その瞬間だった。

「へぇ」

 反射で返事をしたあと。

 なぜか。

 本当に意味もなく。

「そんなに楽しかった?」

 口から出た。

 自分で驚く。

 あなたも驚く。

「え?」

「いや」

 フランシスは慌ててコーヒーを飲む。

「なんでもない」

 なんでもなくない。

 なんだ今の。

 聞く必要あった?

 なかっただろ。

 なかった。

 絶対なかった。

 あなたは少し不思議そうな顔をしたが、特に気にせず話を続けた。

 助かった。

 本当に。

 助かった。





 その日の夜。

 フランシスは自宅にいた。

 シャワーを浴びて。

 髪を乾かして。

 ワインを開ける。

 いつもの夜。

 何も変わらない。

 何も。

「……」

 変わらないはずなのに。

 落ち着かない。

 ソファに腰掛ける。

 ワインを飲む。

 考えないようにする。

 失敗する。

 あなたの話が頭に浮かぶ。

 映画。

 背が高い。

 優しい。

 面白い。

 また遊ぶ。

「……」

 沈黙。

「だからなんなんだよ」

 ぽつりと呟く。

 誰も聞いていない。

 聞いていたら困る。

 自分でも意味が分からない。

 あなたに友達がいる。

 当たり前。

 知り合いがいる。

 当たり前。

 誰かと遊ぶ。

 当たり前。

 何一つ問題はない。

 なのに。

「なんか」

 グラスを回す。

「面白くない」

 言葉にしてみる。

 やっぱり意味が分からない。

 何が面白くないんだ。

 何が。

 しばらく考える。

 答えは出ない。

 だから。

 出ないまま終わらせることにした。

「まあいいか」

 そう呟く。

 ワインを飲む。

 終わり。

 それで終わりのはずだった。

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