『多くを知りすぎているって、"普通"じゃないんだ。』
捲られたページの、そんな台詞にふと目が止まる。
あくる日の放課後。あなたは、図書館で只管に文字を追いかけていた。
ソヌから「おすすめの本があるんだ」と手渡された一冊の本。人間の主人公が魔法の世界について知る、というファンタジーの物語で、ソヌの言葉と興味心ひとつでページを捲ったあなたは童心に還ったようなワクワク感を感じていた。
「普通じゃない…かぁ」
本の中の魔法使いの台詞のひとつ。普通の人間とは違うことを知覚している彼の言葉は、主人公とは分かり合えないのだと諦めるような、こちらに来てはいけないと警告するような、そんな言葉だった。
「(どこか突き放すような言葉…。でも、心の奥底は、寂しいって思ってるのかも)」
あなたはその本にひどく感情移入をしてしまったようだった。鼻の奥からこみ上げそうになるものをぐっと堪えて、また次のページへと指を滑らせた。
「何を読んでいるんですか」
静かに響いたその声に指が止まった。見上げれば、ジョンウォンがじっとこちらを見つめていた。
ジョンウォンはそのまま向かいの席に腰を掛け、本へと目を落とした。
「熱心に本を読むなんて、少し珍しいですね」
「まぁ、それはそう…でもこれ、ソヌがおすすめしてくれたの。「すごく面白いんだよ!」って熱弁してたから、ちょっと気になってさ」
「へぇ、ソヌヒョンが。そこまで言うなんて、それもまた珍しいですね」
「そうなんだよね。だから尚更気になってさ」
あなたは少し続きを名残惜しそうにしながらも、本に栞を挟み込み、閉じた。
そのままジョンウォンの近くに目線をやると、数冊の本が視界に入る。少し厚く、見るからに難しそうな内容の本なのが読まずとも感じ取れた。
「気になりますか?これ」
視線に気づいたのか、ジョンウォンが顔を覗き込む。
「うん、まぁ。それ借りに来たの?」
「いえ、返しに来たんです。少し気になることがあって、調べ物をしていて」
ジョンウォンの指がするりと本の装丁を撫ぜる。そんな難しそうな本を読んでまでする調べ物って何なんだ…とあなたは気になって仕方がなかった。
何気なく指を目で追っていると、静かにジョンウォンが口を開いた。
「そうだ。ヌナ、思考実験って知ってますか?」
「…なにそれ、また唐突だね」
「有名なものだとトロッコ問題…とかですね。答えのない問題ってやつです。最近知ったんですけど、これが割と面白くて」
「へぇ、なんか難しそうな話。で、それがどうしたの」
「折角なので、ヌナの意見を聞いてみたいと思ったんです。」
ジョンウォンが本の一冊を取り、ひらりとページを捲る。
「僕が質問を3つ出します。ヌナなりの考えを答えてみてください」
「う、うん。わかった」
「じゃあ簡単な質問からしますね。
ドーナツって、真ん中に「穴」がありますよね。ドーナツを食べていく時、ドーナツの「穴」はどこまで存在していると思いますか?」
「えぇ、穴?…ちょっとかじるぐらいならまだ丸に見えるし、8割ぐらい食べたら穴じゃなくなるんじゃないかな」
「なるほど、じゃあ次に行きますね。
ここにワープ装置があるとしましょう。ワープ装置は一度人の体をバラバラに分解して、ワープした先でまた体を再構築します。この時、ワープする人の命は連続していると思いますか?」
「う~ん…バラバラになると、心臓が止まったりするの?」
「それは確かめようがないので、分かりませんね」
「そっか…。なら、別に連続してるんじゃないかな。記憶が途切れたりとか、そういうことも特にないんでしょ?」
「なるほど。…いいですね」
ジョンウォンは静かに微笑むと、またひとつページを捲って、そして目の前に座るあなたをじっと見据えた。
「それじゃあ最後の質問をします。
人と同じように喜んだり、悲しんだり、データから感情を完璧に再現できるロボットがいるとします。でもそのロボットは自分がロボットだということに気づいていません。この時、ロボットが持つ感情は本物だと思いますか?偽物だと思いますか?」
「う、うわぁ…。急に難しくなったね?」
「最後ですから。何を言っても正解ですし、ゆっくり考えてみてください」
必死に頭を回す。答えを待つジョンウォンにじっと見つめられ、不思議と緊張感が漂う。
暫くの静寂の後、ゆっくりと口を開く。
「うーん、でも…、それを本物じゃないって思ったら、そのロボットが経験したこととか、出会った人とか、そういうことまで否定しちゃう気がするんだよね。それに、もしかしたら私たちだって、同じように誰かを真似てるだけかもしれないでしょ?だから、ロボットの持つ感情は偽物にはならないんじゃないかな」
言葉を聞き入れたジョンウォンが数度、ぱちりと瞬きをした。
「…そうですか」
どこか満足そうに微笑んだ彼は、にやりと笑みを零しながらパタリと本を閉じた。
「ありがとうございます。面白かったですか?」
「うん、まぁ…?意外と」
「それなら良かったです。僕も楽しめましたし」
「…なんか、すんごい嬉しそうな顔してるね。そんなに楽しかったの?」
「面白かったですよ。ヌナが眉間に皺寄せて真剣に考えてるのが」
「………ねぇ!馬鹿にしてる!?」
「えーい、してないですよ。じゃ、本戻してきますね」
そうへらりと笑って、立ち上がる。
「…あ、そうだ」
「ヌナ、最近変わったことありましたか?」
見透かすように、真っ直ぐな視線に貫かれる。
変わったこと。あなたの頭に思い浮かんだのはニキの事だった。そういえば言っていないんだった…。
いっそ言ってしまった方がいいのだろうか?しかし言ってしまえばより一層面倒なことになる気がしてならなかった。そうして、
「…な、なんもないよ…」
白々しく嘘をついてしまった。
ジョンウォンの目がすぅっと薄められた。これは疑われている表情だ。流石に長年の付き合いのある相手には厳しい選択だったかもしれない。
視線が痛い。耐え切れず、ぎゅっと目を瞑った。
「そうですか。些細なことでも何かあったらまた教えてください。…心配なので」
意外にもジョンウォンは深く追求してこなかった。そのまま本を抱えて、奥へと消えていった。
ひとまず隠し通せたかもしれない。あなたは安堵の息をつく。
気づけば長い時間が過ぎていた。暗くなる前に帰らなければいけないし、何より昨日までとは違って家にニキがいる。
「(ちょっと早いけど…帰らなきゃ)」
そうしてあなたも席を立った。ジョンウォンを待っても良かったが、この日は待たずに足早に学校を後にした。
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最初の方だけで大丈夫ですので、ご一読いただけますと幸いです。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。