狗巻の見えたもの。
それは1本の赤い糸だ。
しかも、ご丁寧に左手の小指から出ている。
誰しもが想像する其れを、彼もまた想像した。
糸はふよふよと空中を漂うだけで、途中で薄らと消えている。
狗巻は得体の知れぬ1本の糸に願った。
出来れば、自分の想い人と繋がっていますようにと。
あなたからの声掛けに、思わず食い気味で反応する。
そんなことない、美味しかった、と必死に伝えればあなたはそう?とほっとしたように微笑んだ。
きゅう、と狗巻の胸が締め付けられる。
バレンタインのイベントと言っても、概ね女子から渡すイメージがある。
同期なら真希にあたるが、全くもってそのようなタイプではない。
ましてやこの呪術高専にこういった見識を持ち込むことの方がイレギュラーだ。
その点、何故かあなたがたまにお菓子を作ることを知っている甘党の五条が「俺に作ってよ!」などと言い出したことで、優しい彼は普段お世話になっているからと全員に配り出したのだ。
5切れにカットされていたガトーショコラは、どんな店で食べたものよりも狗巻を至福で満たした。
嬉しそうに同級生たちに接するあなたは、
誰かに " 特別 " を与えている様子は微塵も無かった。
きっかけとなった五条にも、
例の任務の後、ムードも何も無いタイミングで、
真希やパンダの前で同じものを渡していたらしい。
ーーーああ、いっそ自分のものになってくれたら。
ドクリ、と何かが狗巻の中で蠢く。
同時に左手に焼けるような痛みが走った。
見ると赤い糸が、伸びている。
どうやら知らずのうちに溢れた呪力に呼応しているらしかった。
呪力を加えれば、
赤い糸が繋がっている先がわかる?
狗巻は意識的に糸へ呪力を流し込んだ。
すぐ隣で、あなたが首を押さえている。
狗巻にははっきり見えた。
そのあなたの左手に繋がる、「運命の赤い糸」が。
間違いない。
自分の左手の小指から出ている糸と、繋がっている。
狗巻は一気に顔へ血が集まってくるのを感じた。
どきどきと、心臓が高鳴る。
ぐりぐりとあなたが首を回す。
校内にチャイムが響いた。
ガタガタ、と椅子を引いて各々が立ち上がろうとする。
慌てて、狗巻があなたに声を掛けようとする。
ーーーその瞬間、教室のドアが開いた。
バァン!
荒々しく開けられた戸口には、伏黒恵が立っていた。
真希やパンダが訝しむ中、伏黒はそれらを無視して教室の中へ入ってくる。
ーーー真っ直ぐに、あなたの元へ。
パシッ
伏黒はあなたの手を取ると、
慌ただしく教室を出ていこうとする。
真希の言葉にくっと伏黒が苛立たし気に下を向く。
すぐに顔を上げると、あなたを見た。
伏黒は戸惑うあなたの首を凝視している。
あなたの背後にいた狗巻が目を見開く。
見えてしまった。
...あなたの首に巻き付く、巨大な鎖を。
ガシャン。 ガシャン。
先程聞いた音は、
間違いなくあなたの首から繋がる鎖の立てた音だった。
はっきり認識してみれば、うるさいほどに鳴っている。
狗巻が青ざめた顔であなたの服を握る。
あなたは困惑に眉を寄せた。
伏黒は狗巻を見つめて息を吐く。
伏黒の言葉にあなたがますます困惑していく。
狗巻も伏黒の言葉の意図するところまでは分からない。
ただ、あなたが危険に晒されているということだけは理解していた。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。