第4話

第4話
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2026/06/19 03:00 更新
雨のロケハンから数日。

私と仁人さんの間には、目に見えない「線」が引かれたまま、けれどその内側では熱い何かが確実に通い合っていた。

私たちは、業務用の連絡ツールとは別に、プライベートな連絡先を交換していた。

といっても、送るのは「今日もお疲れ様」や「明日の収録、よろしくお願いします」といった、一見すれば事務的なものばかり。

けれど、その一文字一文字に、二人だけの熱量が宿っていた。

そんなある日の午後、番組の編集室でテロップのチェックをしていた私に、チーフプロデューサーの佐藤さんが声をかけてきた。

「あなたちゃん、ちょっといいかな」 

佐藤さんは、この業界で二十年以上のキャリアを持つベテランで、タレントとスタッフの距離感には人一倍厳しいことで知られている。

私は背筋を伸ばし、

💜「はい、何でしょうか」

と答えた。

「最近さ、現場でメンバーに仁人くんといじられてるだろ。あれ、番組としては面白いんだけど……。正直、度が過ぎると困るんだよね」

心臓がドクン、と跳ねた。

「仁人くんは今、グループとしても大事な時期だ。スキャンダルはもちろん、スタッフとの距離が近すぎるっていう噂が立つだけでも、彼のキャリアに傷がつく。……あなたちゃん、君は優秀だ。だからこそ、自分の立場を履き違えないでほしいんだよ」

氷水を浴びせられたような感覚だった。佐藤さんの言葉は正論だ。

私は「スタッフ」であり、彼は「商品」でもあるアイドル。

私が彼を想うことは、彼の夢を壊すことと同義なのかもしれない。

💜「……はい。肝に銘じます。申し訳ありませんでした」

頭を下げながら、視界が滲んだ。

自分の恋心が、彼にとっての「毒」になる可能性。

それを突きつけられ、私は逃げるように編集室を飛び出した。

その日の夜。仁人さんからメッセージが届いた。

💛『今日、元気なかったでしょ。佐藤さんと話してるの見たよ。何か言われた?』

私は迷った末、嘘をつくことにした。

💜『いえ、仕事のミスを怒られただけです。大丈夫ですよ!明日も頑張りましょう』 

すぐに既読がついたが、返信は来なかった。

翌週の『限界突破!やってM!LK』の収録日。

私は極力、仁人さんと目を合わせないように動いた。

カンペを出す時も事務的に、彼が近づいてきそうになれば、他のスタッフの陰に隠れた。

💛「……あなたちゃん?」 

セットの転換中、仁人さんが怪訝そうに私を呼んだが、私は

💜「すみません、次、準備あるので!」

と突き放すように背を向けた。

そんな様子を、メンバーたちが黙って見ているはずがなかった。

🩷「あれれ〜?今日の仁人、あなたちゃんにフラれた人みたいな顔してるよ?」

佐野さんが、わざと大きな声でスタジオ中に響かせる。

💛「勇斗、うるさい。今は仕事中だろ」

仁人さんの声が、今まで聞いたことがないほど冷たかった。

スタジオの空気が一瞬で凍りつく。

🩷「お、おう……ごめん」 

流石の佐野さんも、彼の真剣な拒絶に言葉を失った。

収録後、私は逃げるように楽屋裏の非常階段へ向かった。

一人で息をつこうとしたその時、重い扉が開く音がした。

💛「……なんで逃げるの」

そこに立っていたのは、まだ衣装を着たままの仁人さんだった。

💜「吉田さん、ここに来たらダメです。誰かに見られたら……」

💛「佐藤さんに言われたんでしょ?僕に近づくなって」

彼は階段を一段ずつ登り、私の目の前で止まった。

💛「僕、さっきの収録中、ずっと考えてた。あなたちゃんが僕を避けるのが、こんなに苦しいんだって。仕事のミスで怒られたなんて嘘、すぐわかったよ。あなたちゃんは嘘つくとき、僕の目を見ないから」

💜「……だって、私はADで、吉田さんはM!LKのリーダーなんです。私が近くにいたら、吉田さんの邪魔になっちゃう。佐藤さんの言う通りなんです」 

溢れそうになる涙を必死に堪える私に、仁人さんは静かに、けれど強く首を振った。

💛「邪魔なんて一度も思ったことない。むしろ、あなたちゃんがいるから、僕はあんな過激な企画も笑って乗り越えられるんだ。……佐藤さんには僕から言っておく。スタッフに手を出してるんじゃなくて、僕が一人の女性として、あなたちゃんを追いかけてるんだって」

💜「そんなことしたら、吉田さんの立場が……!」

💛「立場なんて、あなたちゃんを失うことに比べたら、どうだっていい」

彼は私の手を握り、その手の甲に、誓うように自分の額を押し当てた。

💛「今はまだ、公にはできない。でも、番組の中でだけ、二人だけの『暗号』を決めよう。僕が左の耳を触ったら、それは『今日も大好きだよ』っていう合図。……それだけで、僕を信じて待っててくれないかな」 

その言葉に、私の堪えていた涙が溢れ出した。

アイドルとスタッフ。

その高すぎる壁の隙間で、私たちは誰にも見えない「暗号」を共有することになった。

数分後。

スタジオに戻った仁人さんは、不機嫌そうな顔をしていたメンバーたちに向かって、いつものキレのあるツッコミを見せていた。

そして、ふとした瞬間に、彼は左の耳たぶを指先で優しくなぞった。

私だけに向けられた、世界で一番甘い暗号。

それを見た瞬間、私はこの恋を、どんなことがあっても守り抜こうと心に誓った。


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