第4話

ThirdWAVE「美陰と陽向」
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2024/01/27 14:09
暴力表現がありますので、
苦手な方はバックをお願いします

















 
ここは、バンカラの郊外のあるマンション街。
バンカラに着くには、ここから2時間ほど
電車を乗り継がなくてはいけないのだ。

私だって、一度は都会であるハイカラシティに近い、
"ヒラメが丘団地"に住んでみたい。

でも、"ヒラメが丘団地"は最近改修工事をして
活気的になった人気の場所。

私に、いや……私の家族に、
そんな場所に住めるほどのお金なんてないのだ。



 
ドアを開ける。
ミカゲ
ミカゲ
…ただいま
返事は無い。
そのかわり、リビングから
バタバタと玄関へ向かう足音が聞こえた。
…私の母だ。
ミカゲの母親
はぁ、帰ってくんの遅いわよ
ミカゲの母親
もっとさっさと稼いできてくんない?
ミカゲの母親
こんな夜中まで待ってるこっちも大変なんだから…
馬鹿か。汗水垂らして必死に稼いできてる私と、
働きもしないでただただ時間を無駄に浪費している
お前が"同じ"?
頭のネジでも外れてるんじゃないか。
 

その言葉をぐっとこらえ、
私はカバンから封筒を取り出した。
中には、今日稼いだ分のお金ゲソが入っている。

私はその封筒を、リビングへと続く廊下に投げ捨てた。
ミカゲ
ミカゲ
…はい、今日の分
ミカゲの母親
乱暴ね…アンタをそんな子に育てた覚えはないんだけど
母は封筒を拾い、中身を確認する。
ミカゲの母親
1、2、3……
ミカゲの母親
…あら?今日の分…いつもより少なくない?
ミカゲ
ミカゲ
…ちょっと私の高校の学費に、
ミカゲの母親
なんですってッ!?




バシンッ……!!




鈍い痛みが、私の頬に走った。
母が私の頬をはたいた音が、廊下に響く。
私はドアに体を打ち付けるようにして、倒れ込んだ。
ミカゲ
ミカゲ
…ッ
ミカゲの母親
アンタねぇ!!何様なの!?
ミカゲの母親
高校に行きたいって言い出したのは
アンタなんだから、だったら
その分もっと稼いで来なさいよ!!
ミカゲの母親
うちはアンタに払える学費なんて
ないのよッ!!
罵声。母親の怒鳴り声が、私の頭に反響する。


何を言っているんだこのヒトは。
家族3人分の生活費を稼いできてるのは私なのに。
花の高校生活を全て捨てて、
身を投じて働いているのは私なのに。
なのに、何故、私がこんなにも
酷い扱いを受けなくてはいけない…?


母親は私の横腹を足で思い切り蹴った。
私は蹴られた横腹を押さえながらうずくまる。
ミカゲ
ミカゲ
…っぅう…
ミカゲの母親
私はもう寝るわよ!!
ミカゲの母親
こんな夜まで待たせたくせに…明日はもっと稼いで来なさい
痛い。痛いに決まっているのに、
何故か慣れているかのような気さえする。
もう、本当に痛いのかも分からなかった。


母はお金ゲソの入った封筒を握りしめると、
私に背を向けリビングへと歩いていく。
リビングから、冷ややかな顔でこちらを覗く弟が見えた。





私の家は、3人家族。
私と、母と、弟。
弟は私の2つ下の中学2年生。

父親は、弟が産まれるひと月前に、
女遊びをし家を出て行った。



母親が変わってしまったのは、そのときからだった。
昔は誰にでも優しくて、親切で…
私の自慢のお母さんだった。

でもきっと、それは表の顔。
母親は、最初から私を利用する気しか無かった。




弟の名前は、"陽向ひなた"。
そして、私は"美陰みかげ"。

 


私の名前を付けたのは母。
最初から、私の未来は決まっていたのだ。
家族の生活の為に利用される私と、
母親に愛される弟。
 
陰のように暗い道を歩き続ける私と、
光の当たる未来へ歩を進める弟。

何をしたって、この"常夜とこよ"からは逃げられない。
だから私は誓った。「自分の弟を守る」と。



優しくて可愛くて、私の大好きな弟。
彼は母親にも、父親にも似ず、女の子のような可愛らしくて端正な顔を持っている弟。

母親はそんな可愛い弟が大好きだった。
ぱっちりとしたその瞳だけは私に似ている…はずなのに、
姉である私には見向きもしなかった。

私の顔は、別に端正でもなんでもない。
ただの普通のインクリング…それが母には気に食わなかったのだろう。
 


陽向は虐げられている私を心配してくれた。
いつも、「大丈夫?」と声をかけてくれていた。
いつも、母親に殴られた私の手当てをしてくれていた。


憎い、だなんて思ったことは無い。
陽向さえ居なければと、なんて考えたことなど無い。
陽向が産まれなくたって、私の未来は私が産まれたその瞬間から決まっていたのだから。
だからむしろ、陽向が産まれてきてくれたことに感謝している。



私の心の拠り所よりどころ
陽向が励ましてくれていなかったら、
何度挫折したことだろう。
何度、死のう・・・、と思ったことだろう。
陽向が居てくれるから、私は生きていられる。
陽向が、私に冷ややかな目を
向けるようになったとしてもーーーーー
陽向
姉ちゃん
ミカゲ
ミカゲ
…ん……?
ミカゲ
ミカゲ
…なに……?
陽向と話したのは久しぶりだ。
しかも、陽向の方から話しかけてくるなんて。

最近、話しかけても陽向には無視されていた。
何かあったのかと思ったが、
…陽向が発したのは信じられない言葉だった。
陽向
ねぇ…姉ちゃん…
陽向
…オレだって充実した
中学校生活を送りたいんだ
ミカゲ
ミカゲ
……え?
陽向
友達と出かけたいし、
遊びにだって行きたいし
ミカゲ
ミカゲ
…は、
陽向
だからさ、姉ちゃん…もっと稼いできてよ
陽向
これじゃ足りない…!!
ミカゲ
ミカゲ
…ッ……!?
嘘だ。陽向がこんなこと言うはずない。
こんな、こんな、あの母親みたいなーーーー


陽向は私に背を向けリビングへと入っていく。
ミカゲ
ミカゲ
…ッ、ちょっと、陽向っ…!?
陽向は振り向きもしなかった。
廊下に、またもや静寂が訪れる。

私は目を見開いたまま、
その場でただ呆然と、廊下の奥を見つめる。
いつの間にか私の目からは、
大粒の涙がこぼれ落ちていた。
私の涙が、膝を濡らす。
ミカゲ
ミカゲ
もう、死にたい…
それでも、私は…弟のために。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



春風(ねも)
春風(ねも)
最近、美陰とこよさんが付き合ってくれてる
おかげで、だんだん夜WAVE
克服してきたんですよ…!
美陰(とこよ)
美陰(とこよ)
おぉ、ほんと?
美陰(とこよ)
美陰(とこよ)
それは良かった
春風(ねも)
春風(ねも)
前までは足がガクガクして
歩けなかったんですけど、
ガクガクしてても歩けるくらいには克服…
美陰(とこよ)
美陰(とこよ)
…いや全然じゃん
春風(ねも)
春風(ねも)
これでも成長してるんですよっ!?
私はクマサン商会で、春風ねもと談笑していた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
春風(ねも)
春風(ねも)
私を弟子にしてください!!
美陰(とこよ)
美陰(とこよ)
…へ?

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

この間、春風ねもに言われた言葉だ。
春風ねもは私の弟子にして欲しいと頼み込んできた。
"白昼のアルバイター"を卒業するために、
私に手伝って欲しい…と。


まだ、答えは出ていない。
私なんか何にも教えられないから、
というのを口実に。


本当は、迷っているんだ。
春風ねもは大切な友達で、個人的なことをいえば、
勿論春風ねもと一緒にバイトしたいし、
春風ねもが成長する手伝いをしたいに決まってる。


でも、これは個人的な判断だけじゃ決まらない。
脳裏に浮かぶのは、昨日の弟の顔。
「もっと稼いできて」と呟くその声が、
頭から離れない。



陽向が望むなら、私はーーーーーーー
春風(ねも)
春風(ねも)
…私の本名なまえ、"ハル"っていうんです
美陰(とこよ)
美陰(とこよ)
…え?
春風(ねも)
春風(ねも)
美陰とこよさんには伝えておきたくて…
あ、別に本名隠してる訳では無いので…!
春風(ねも)
春風(ねも)
美陰とこよさんには…そう、呼ばれたいなって
春風ねもは優しい笑顔を浮かべる。
本当に、私をしたってくれていることが伝わってくる笑顔。
美陰(とこよ)
美陰(とこよ)
…ありがと、これからはハルって呼ぶね
春風(ねも)
春風(ねも)
はいっ、ぜひ!
美陰(とこよ)
美陰(とこよ)
ハルは…なんで"春風ねも"っていう
バイトネームにしたの?
美陰(とこよ)
美陰(とこよ)
言いたくないなら全然大丈夫なんだけど、
春風(ねも)
春風(ねも)
春風(ねも)
春風(ねも)
いえっ!全然大丈夫ですよ…!
ハルが一瞬顔を曇らせた気がしたが、
それも気のせいだろう。
春風(ねも)
春風(ねも)
…私、姉がいるんです
今は大学生なんです、とハルは微笑む。
ハルのその笑顔は、家族の温かさが
ひしひしと伝わってくるような穏やかな温顔おんがん
少し、嫌気がさしてしまった自分がいた。
春風(ねも)
春風(ねも)
"ふう"っていう名前なので、
私の"はる"と合わせて"春風はるかぜ"…
春風(ねも)
春風(ねも)
読み方の"ねも"は、「親切で丁寧」っていう意味の"ねもころ"からきてるんです
春風(ねも)
春風(ねも)
お姉ちゃんが、つけてくれたんですよ
あぁ、なんだ。
ハルは"そっち側"のヒトか。
何不自由なく、家族と、友人と、
幸せに暮らせる選ばれしヒト。
私とは真反対の人生を歩んでいくヒトーーーーー


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
陽向
だからさ、姉ちゃん…もっと稼いできてよ
陽向
これじゃ足りない…!!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

同じインクリングなのに、
なぜ私と彼女はこんなにも違うのだろうか。
私がもしも"ハル"として産まれていたなら、
こんな思いを持つことは無かったのだろうか。
春風(ねも)
春風(ねも)
美陰とこよさんのバイトネームについても、
聞いていいですか…?
美陰(とこよ)
美陰(とこよ)
ごめん、無理
春風(ねも)
春風(ねも)
……え…
美陰(とこよ)
美陰(とこよ)
いいよね、ハルはそんなにも幸せに暮らせて
美陰(とこよ)
美陰(とこよ)
朝昼晩バイトをしないと生きていけなくて、殴られて、殺されそうになる私とは違ってさ
美陰(とこよ)
美陰(とこよ)
毎日高校に通って、帰って、無駄に時間を浪費してるだけで生きていけるんでしょ?
美陰(とこよ)
美陰(とこよ)
私は、ハルのせいで、母親に殴られた
美陰(とこよ)
美陰(とこよ)
ハルが付きまとってくるから、いつもより稼げなくて、弟にも見捨てられて…ほんとに最悪だよ
美陰(とこよ)
美陰(とこよ)
弟子になんて、無理に決まってるじゃん…!!
美陰(とこよ)
美陰(とこよ)
ほんとにもう、顔も見たくないーーー
そこまで言って、はたと気づく。


私はーーーーー今、何を言っていた?
目の前で目を見開き涙をためている彼女を…
ハルを傷つけたのは、誰?
春風(ねも)
春風(ねも)
…っ、ごめん、なさい……
ハルは私に向かって頭を下げると、
バイトツナギのまま扉を押し外へ走り出した。
ハルの流した涙の跡が、クマサン商会の床に残っていた。
美陰(とこよ)
美陰(とこよ)
…っ、違う、まってハルっ…!!
何が「違う」、だ。
ハルを呼び止めるための嘘でしかないのに。
本心は、そう思ってたくせに。
そう思いながらも、私は止まずハルの名前を叫び続ける。


この声は、もうハルには届かない。
ハルはなんにも悪くないのに、
逆恨みして、酷いこと言って……
美陰(とこよ)
美陰(とこよ)
…っハル…
あぁ、やってしまった。

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