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第1話

あなたと共に。
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2020/05/30 02:45
合戦場では、悲惨な光景が浮かんでいた。

燃え尽きた家。

血の匂い。

宝禄火矢が爆発する凄まじい音。

刀や苦無が擦れ合う、金属音。

爆発の影響で視界が遮られ、左を向いているのか右を向いているのか、将又後ろを向いているのか前を向いているのかでさえも分からない。

「たぁ!!」

額から血を流して苦無で敵と戦っているのはタソガレドキ忍軍狼隊、高坂陣内左衛門だ。

引き裂かれた忍び手拭いなど役に立たず、頬には引っ掻き傷が。

「はぁ!」

その奥では狼隊小頭、山本陣内が刀を奮って戦っている。

背中は斬り付けられた跡が残されていて、そこからドクドクと濁った血が流れている。

「はぁはあはぁはあはぁはあはぁはあはぁはあはぁはあ」

一方で忍び組頭、雑渡昆奈門は、腹部に弓が刺さって、瀕死状態になっている、諸泉尊奈門を抱きかかえて走っていた。

「がはぁ!」

とたん、組頭であろうものが背後をつかれてしまい、弓が背と脚に突き刺さってしまい、唾液を吐き出す。

「!!!!!?」

だが、愛する部下、尊奈門を守るべく、必死で走った。

必死で走って、どこか安全な場所へと走って向かった。

弓が刺さった脚はギチギチと鈍い音を立てて、背中はドクドクと濁った血が流れる。

「はぁはあはぁはあはぁはあはぁはあはぁはあはぁはあ」

数十キロメートル離れた場所の、漆のごとく深い森。

地に仰向けにさせて苦無で弓を切り、気道確保の姿勢から、額を押さえていた手の親指と人差し指で傷病者の鼻をつまみ、吹き込む息が鼻から漏れ出さないようにさせる。

自分のと尊奈門の忍び手拭いを下させて、口を大きく開き、おおうように口に密着させる。

約一秒かけて、彼の「胸が上がるのが見てわかる程度」の息を吹き込む。

一旦口を離し、息が自然に吐き出されるのを待って、同様にニ回目の吹き込みを行う。

それを繰り返し行った。

「………………………………………」

気付けば、昆奈門の目からは一筋の涙が。

「………………………………………」

濃い影に隠れて表情は見えず、諸泉はぴくりとも動かない。

「尊奈門」

ガリッと地を引っ掻けば、爪との間の皮膚に傷が付き、血が漏れる。

だが諦めなかった。

諦めるなど、考えてもなかった。

「ぶふっ!げほっ!」

奇跡だった。

一つの奇跡が、尊奈門に留まってくれたのだ。

「尊奈門!」

「ん……………………ッ…うえっ?」

瞳が揺れ、薄い影から覗く目は組頭に向けられる。

「組頭?」

「尊奈門」

抱き締めてあげたいのだが、弓が刺さっているので抱き締めてあげる事が出来ない。

「良くは無いが、取り敢えず良かった」

体中がほぐれるように安心し、ぼろぼろと涙が。

「組頭?」

上半身を起こそうとしたのだが

「あっがあぁ!!」

全身がばらばらに砕けて勝手な方向に駆け出し飛び散っていくような激しい痛みが走り、体が痙攣する。

「動くな!喋るな尊奈門」

「はぁはあはぁはあはぁはあはぁはあはぁはあはぁはあ」

呼吸が乱れ、彼は、両目を瞑った。

赤熟した円盤のように輪郭のはっきりした太陽が照り、尊奈門は、目を、覚ました。

気付けば自分の部屋の布団の上で眠っていて、腹部には包帯が。

「体が痛い」

利き腕を動かしていつものように伸びようとしたのだが

「うえっ?」

何だか違和感を感じて利き腕を見れば、信じ難い光景が目に映ったのだ。

「あっ?えっ?」

利き腕が、二の腕から無くなっていたのだ。

「ぐあああぁーーーーー!!!!!」

胸を鋭いもので貫かれるような衝撃を受け、喉が崩壊しそうなほどの大声を上げる。

「!!!!!?」

部屋にいた昆奈門は彼の声に気付き、疾風のように駆ける。

「尊奈門!!」

それに駆け付けた陣内左衛門と陣内はパァンと豪快に襖を上げれば

「ぎゃあぁーーーーーーー!!!」

刀を手にしている諸泉の体の上に覆い被さっている組頭は、その手首を掴んで押さえ付けていた。

「腕がーーー!!腕がー!!!」

ぼろぼろと大きい雨粒のような涙を落とす彼の姿を見て

「………………………………………」

二人は涙を堪えるのに必死だった。

暫くして、心の中を掻きむしられるような激しい焦燥を感じていた心が不思議と落ち着いた尊奈門は、仰向けになったまま静まっていた。

片腕が無い忍者何て。

聞いた事がない。

ワタシは、排斥。

されてしまう運命なのかな〜?

それとも、ワタシのような使えないものは。

もう、存在自体。

無くなって、しまうのかな〜?

するとそこへ、水が張った桶と小さいタオルを手にした雑渡が中に入って来たのだ。

「組頭」

「体を吹く」

襖を閉め、彼は尊奈門の側に座り、桶を置く。

「そんな、組頭の手を煩わせる訳には参りません。ワタシ出来ますから、安心して下さい」

「これは私の責任だ。こんな事しか、出来んがな」

部下の腕、しかも利き腕を失くしてしまったその責任が非常に重たくのし掛かっていて、それは生きた心地がしない程だった。

「止めて下さい組頭!そんな!ワタシの事は」

水の中にタオルを浸し、それをギュッと固く絞って頬から拭く。

「組がし…………!!」

とたん、彼の目に映る昆奈門は、濃い影に隠れて表情は見えないが、一筋の涙を、流していたのだ。

「!!!!!?」

組頭。

すると、後頭部に腕を回して額に額を当てて、心からこう、口にしたのだ。

「生きててくれて、ありがとう」

「!!!!!?」

彼の唇が震え、ぼろぼろと大きい雨粒のような涙を落とした。

『生きてて小頭〜!!小頭〜!!!』

九年前と、同じ光景だった。

当時小頭だった雑渡昆奈門の部屋では、布団の上で仰向けになっている彼に抱き付いて泣く、自分の姿が。

『俺は、お前一人残しては死ねぬ』

『!!!!!!?』

ガバッと上半身を起こして雑渡を見れば、彼は、火傷でひどく爛れた口元に笑みを、浮かべていたのだ。

『小頭ぁ』

ぼろぼろと大きい雨粒のような涙を落とし、体中がほぐれるように安心したのか、笑みが、浮かんだのだ。

『あ〜!小頭〜!!』

またギュッと抱き締めて、大きな声を出して泣いたので、声が枯れていた。

『生きててくれてありがとう!小頭〜!』

同じ光景だった。

「組頭」

一筋の涙を流して背に片方の腕を回し、口元に優しい笑みを浮かべてギュッと、強く、強く抱き締めた。

何と言う居心地の良さ、そして、ひどく暖まった心の安心感に浸る。

片腕が無くたって。

ワタシはワタシ。

諸泉尊奈門だ。

諸泉尊奈門が存在する限り、ワタシは変わらない。

ワタシは、這いつくばってでも。

組頭に、一生。

付いて行きます。

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