あなた:女性 学生/社会人 最近忙しい。
※大瀬くん以外のカリスマほぼでません。
別小説の話を移動しました
ひとり座り、誰かを待っていたような気がする。
雨の匂いがする。誰かが遠くで泣いている。
ぽつりまたぽつり
雨が降ってくる。誰かが近くで泣いている。
僕は、生きていても仕方がない。何もできない、ゴミでカスでクズな畜生だ。
僕は、きっと…誰のためにもならない。
濡れた叢は青臭く、小さく濁った音を奏でる。
長々と続く雨が梅雨の始まりを告げる。
梅雨というのは空が暗くて気が滅入ってしまう。ただでさえ忙しくて精神的な余裕がないのに、ますます気分が落ち込む。私は外に出る用事があるのに傘を忘れてしまったので、コンビニに駆け込んでビニール傘を買った。用事を済ませて家に帰る。あともう少しだというところにある土手のその端に誰かが座りこんでいることに気づいた。袖からのぞく雪のように白い手や水色の癖っ毛から雨水が滴り落ちている。なんだか放っておけなくて、放っておいたら消えてしまいそうな感じがして、気がついた時には自分のビニール傘をその人に差し出していた。
雨がぱたぱたと傘を叩きはじめる
「……あの、風邪、引いちゃいますよ。」
「……えッ……?」
驚きの声と共にその青年は私の方を振り向いた。おびえたような眼を向けられて、やってしまったと思った。普通は知らない女から声を掛けられたら怖い。
「ご、ごめんなさい。お節介ですよね。」
「……ああいえ、決してそんなことは……。あの、えっと。お気になさらず。……あ、ごめんなさい。」
「そうですか」と言ってその女性はその場を去った。なぜクソ吉のことを気にかけてくださったのか気になって仕方がない。雨に紛れて、僕と似た匂いがしていた。僕は長い間その場に立ち尽くしていたのに、彼女の匂いが鼻の先にまとわりついて離れなかった。ようやく我に返ったとき、かわいらしい白い花の刺繍が入ったハンカチが落ちているのが目に入った。僕はぐしょぐしょに濡れたそれを恐る恐る拾い上げて持ち帰る。
また、会いたい。これで、また会える
道中、ふとそんなことを考えてしまっている自分に気がついて、自己嫌悪に陥る。
彼女のハンカチをきれいに洗い、ほつれていた刺繍も直した。クソが直接触るとハンカチが汚れてしまうので手袋をしていたけど。少しでも瘴気に当たらないようにと部屋の隅に干したハンカチを見ながら、なぜこんなことをしたのかと後悔した。
彼女に会いたいがために彼女のものを汚した。
僕の手で汚した。なんて、なんて罪深いことなんだろう。
今すぐに消えなければと部屋の奥から縄と踏み台を引っ張り出していると、ドアがノックされた。
「ねぇ、オバケくんいる?」
テラさんだった。
「これ、直せる?」
テラさんは金具が壊れたイヤリングを僕に差し出した。
「……はい。でも、僕なんかが直したらせっかくのアクセサリーがよごれます……」
「何言ってんの?テラくんがつければなんでも国宝級だから問題ないよ、それに僕はオバケくんに直して欲しいの。きっと気に入るだろうから。」
僕がしぶしぶ承諾するとテラさんは満足そうにうなずいた。そして干してあるハンカチに気づいた。
「あれ、何?あれもオバケくんの?可愛いね。」
「いいえ、あれは、その…。僕のじゃなくて……汚してしまったから洗って返そうと……。人様の物を僕の部屋に置いておくなんてキモいですよね、ヤバいですよね、ごめんなさいタヒにます。」
「ふうん、確かにヤバい。本人に返さないままタヒぬってことでしょ?」
「……それはそうですね。」
その次の日、僕は彼女と会った土手に向かった。会えるという保証はこれっぽっちもないのに、何となく会える気がして、会わなきゃいけない気がして。
もし会えたら、言いたいことがあるから。
歩いているときに雨が降ってきたので傘を差した。ハンカチが濡れないように。
土手の片隅に彼女を見つけた。まっすぐ川の方を見つめている。
「あっ……」
声を掛けようとして躊躇った。初めて会った時とは雰囲気がまるで違っていて、生気がほとんど感じられない。雨の切ない匂いが痛いほどに鼻腔をつく。
「…………あ、あの。すみません……。」
僕が声をかけると彼女はそっと振り向いた。一瞬驚いたような顔をしたがすぐに穏やかな表情になった。
雨が、彼女の頬に落ちる。
僕は傘を彼女に向けてハンカチを差し出した。
布が彼女の目元を拭った。
彼女は濡れたハンカチを握りしめて肩を震わせていた。初めて会った時よりも背がいくらか縮んで見えた。どうにかしてあげたいけどどうしたらいいのかわからない。なぜ泣いているのかわからない。僕のことがそんなに嫌いなのかな。
「……こんなクソ吉があなたの物に触れてしまい、申し訳ありませんでした。不快な思いにさせてしまったようで……すみません。直ちに消えますので。それでは失礼しました。」
僕がその場を立ち去ろうとしたとき、ぐいと手を引っ張られた。吃驚して傘を落とした。
「洗ってくれて、縫ってくれて、わざわざ渡しに来てくれて、ありがとうございます。」
雨が降っているのに彼女の声が鮮明に聞こえる。
「もし、良ければ……その。」
次の瞬間には口を開いていた。
「また、僕と会ってくれませんか。」
言ってしまった。
「はい、また私と会って欲しいです。あなたに会うために、私は生きます。」
彼女はびしょ濡れのままくしゃっと笑った。
2024/02/29
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!