前の話
一覧へ
次の話

第20話

過去をなくした天使⑨
804
2026/04/01 11:00 更新



きょもSide






彼女の気迫に負け、ドアを開けた。


「早く開けなさいよね」


オレを押し退け、松村さんの妻である女性が無遠慮に玄関へ入ってくる。


大『ちょっと勝手に……』


スリッパに履き替え、ずかずかとリビングに足を踏み入れる。


どかっとソファに座り、少し体を斜めにして足を組む。


スカートは短めで、ややタイトのデザインでスカートの布地が太ももに張り付いているので、そのむっちりとした色っぽさが手に取るように分かった。


「お茶」


大『は、はい』


「ったく、気が利かないわね」


ソファに背をもたれ掛けさせ腕を組み、彼女が悪態をつく。


大『あ、あのコーヒーでいいですか?』


「ええ」


初対面の相手に対して、なんて横暴な人なんだと内心憤慨しつつ、オレは足取りも荒くキッチンへ向かった。


ケトルでお湯を沸かし、棚からカップを用意する。


インスタントのコーヒーを淹れ、砂糖とミルクをトレイに乗せ、リビングに戻った。


テーブルにコーヒーと砂糖、ミルクを並べていく。


大『どうぞ』


「ありがと」


彼女はミルクだけコーヒーに入れ、数回息を吹きかけ冷ましてから、一口コーヒーを口に含んだ。


コーヒーを呑みながら、立ち尽くしているオレに「座らないの?」と促してくる。


やや臆しながらオレは向かいのソファに腰を下ろした。


美味しそうにコーヒーを呑む彼女の顔を、チラチラと盗み見る。


整った顔立ちのクールな雰囲気で、自己中で我儘気質がありそうなお嬢様って感じの美しい女性だ。


こちらの視線に気づいたのか、切るような鋭い視線を向けられ、オレは瞬間的に目を逸らした。


まるで蛇に睨まれたカエルのようだ。


「ねぇ、あなた名前は?」


大『オレ?』


「あなた以外誰がいるっていうのよ。おかしな人ね」


大『オレは……京本…大我……です……。貴女は?』


「私は○○よ。ところで北斗は何時ごろ帰って来るの?」


大『……それは分からないです』


「……そう。じゃあ、北斗が帰って来るまで待たせてもらうから」


大『えっ!?』


「なに?文句でもあるの?」


大『いえ……』


彼女の不遜な瞳を見るたび、オレの胸の奥で、静かな拒絶の壁が築かれていく。


この高圧な態度、苦手なタイプだ。


本当にこの人は、松村さんの妻で樹くんの母親なのだろうかと疑問符が湧いてくる、そんななか背後から消え入りそうな声が耳に入った。


樹「………ママ?」


はっと背後を振り返れば、少しだけ開いたドアから、樹くんがひょっこりと顔を覗かせていた。


彼女は樹くんに向けて笑みを浮かべていたが、樹くんの目に怯えたような色があることを、オレは見逃さなかった。


「樹〜、久しぶりね。ママよ」


樹「……ママ」


久しぶりに母親に会うんだったら、小さい子供なら嬉しそうに駆け寄るものだが、樹くんにはその形跡さえない。


樹くんは母親である、彼女を怖がっている。


彼女は樹くんに何をしたのだろうか……


オレの脳裏に嫌な"二文字"が思い浮かび離れない。


「久しぶりに会うんだもん、ママに顔を見せて」


樹「いやっ、ママいやっ!」


樹くんの拒絶に彼女は口元を歪め、不機嫌を隠そうともしない。


「ったく、相変わらず可愛くないわね。でも、ママのこと嫌だとしても、これからは樹はママと一緒に暮らすのよ」


ソファの背に体重を預けていた彼女が、ゆっくりと腰を浮かせ、冷たい視線を向けながら樹くんへ歩み寄せる。


「樹、ママと一緒に行こうね」


まるで獲物を捕らえるかのように樹くんの小さな手を鷲掴みにし、玄関へ向かって歩き出した。


樹「いたいっ!ママ、いやぁ!いたいっ、パパ――!きょもちゃーん!!」


涙と鼻水で顔を濡らしながら、理性を失ったように樹くんが泣き叫ぶ。


大(樹くんを助けないと……!)


今、樹くんを助けられるのはオレだけだ。


オレは弾かれたように飛び出し、彼女の前に立ちはだかった。




 

プリ小説オーディオドラマ