感じた事の無い心地良さに蝕まれた私は、得体のしれない幸福感の元、父の命令に従いハリーの元へ向かった。
幾つかの衝撃音を頼りに足を動かした先に、私は死喰い人から逃げるハリー達の姿を捉えた。その瞬間、一瞬ではあるが、幸福感よりも強い"何かの感情"が心を揺さぶり、ハリーの方へと進んでいたはずの足が止まった。
だが「何をしている?さぁ、ポッターから予言を奪え」という父の声が後ろから囁かれると、私の心は再びふわりとした感覚に覆われた。
そして、その命令に従うべく邪魔だと感じた死喰い人に背後から失神呪文を掛けた私は、至って自然とハリー達へ駆け寄った。
そう言いながら微笑んだ私は、ハリーに手を差し出した。しかしその瞬間「ダメよハリー!」というハーマイオニーの叫び声が、その場に響き渡った。
『邪魔される』そんな感情が心に過ぎった瞬間、ハリーに向かって叫ぶハーマイオニーに対し、私は咄嗟に武装解除呪文を唱え、彼女から杖を奪った。
その時、唖然とし不安げな表情を浮かべるハリーとハーマイオニー、そしてネビルの表情が私の視界に入り、再び幸福感とは別の感情が私の心に流れ込んできた。
『ハリー達に呪文をかけることが…幸福?』そんな考えが、ほんの一瞬脳裏を過ぎる。しかし、それを掻き消す様な幸福感もまた、私の脳と心を蝕んでいく。
焦りと困惑が入り交じった表情を浮かべるハリーを前に、私は再び彼に手を差し出し予言を渡す様に促した。
だが、ハリーは躊躇いながらも予言を私に渡そうとはしなかった。そして私は、あろう事かそんな彼に向かって杖を向けてしまったのだ。
死喰い人達から逃げてきたのか、ジニーとルーナと共に現れたロンは、ハリーに杖を突きつけている私を見た瞬間、目を丸くし状況を把握するように辺りを見回した。
しかし、こんな状況を直ぐに説明出来る訳もなく、その場には静かな沈黙と緊張した空気感だけが流れ、それを見物するかのように何人かの死喰い人が不敵な笑み浮かべながら、私達の元に集まってきた。
ハリー達にとって、今が危険な状態である事は明白だった。だが、それでも尚ハリーは私を攻撃する訳でも予言を渡すわけでもなく、私の瞳をじっと見つめていた。
そして私もまた、得体の知れない幸福感に抗うような感情が、呪文を唱えようとする私自身の体を止め、杖先をハリーに向けたまま、彼の事を凝視していた。
攻撃もせず睨み合うだけの私達に痺れを切らしたのか、ずっと物陰から見物していたであろう父が、暗闇からその姿を表し、私の背後でそんな事を囁いた。
憎悪が籠った父の声は、間違いなくハリー達に向いていた。そして、父に睨まれているであろうハリー達の表情は、先程よりもより一層強ばった。
だが、誰一人として怖がっている様子はなく、寧ろ怒りを抱いている様な表情で、そんな皆を目に映した私の心の中では、幸福感に抗う感情が更に強さを増した。
そうだ。私は、友達を傷つけたくなんかない。
そんなの、ちっとも幸福じゃない。
予言をハリーから奪う事も、それをヴォルデモートの手に渡らせることも、そんなの幸福には繋がらない。こんな命令なんかに従っても、幸福にはならない。こんなの全てまやかしだ。
私の幸せは、もっと別にある。
"友人" 皮肉にも父の口から放たれたその言葉を聞いた途端、私には目の前に立つハリー達の顔がやけに鮮明に見えた。そして、頭の中にはジョージや騎士団、ホグワーツの皆…大切な人の顔が浮かび上がり、先程まで曖昧だったはずの意識がハッキリした。
ふわりとした感覚は消え失せ、父の命令に従う事が幸福なんて、もうこれっぽっちも思っていなかった。寧ろ、娘に服従の呪文をかけてくる父に怒りすら湧いている程だった。
呪文が解けた今、私がするべき事は、私の未熟さが招いてしまったこの状況をどうにかする事だろう。私は、先程まで服従の呪文をかけられていたとは思えない程の思考を巡らせ、一か八かの少々無謀な作戦に出た。
ハリーに杖を突きつけながら頬を緩ませた私は、そのまま勢いよく後ろへ振り返り、父に向けて杖を振った。すると、私の呪文は見事父に命中し、意表を突かれた父は、あっという間に身動きが取れなくなっていた。
動揺した表情でもがく父を横目に、私はすぐ様 他の死喰い人達に視線を向け、動きを封じる幾つかの呪文を唱えた。惜しくも何人かの死喰い人には逃げられたが、2人の死喰い人を石に変えた頃には、皆も薄ら状況を掴んでくれたらしく、戦いに加勢してくれた。
辺にいた死喰い人達の動きを封じる事に何とか成功し、私が父へと視線を向けた時、自分の杖を取ろうともがく父の怒声が予言の間に響き渡った。
その場に倒れ込みながらも鋭い視線で私の事を睨む父。だが、私は不思議ともうそんな視線は怖くなかった。
小さな反抗、手紙での反抗。そんなのは幾つもあった。だけど多分、面と向かって父に刃向かったのは今が初めてだ。そんな私に、父はどこか信じられないものでも見たかのように動揺し困惑していた。
そうして、いつまでも声を荒らげる父に対し、私が何か言い返してやろうと思い口を開きかけると、それよりも先にロンが私の父に向かって言い返し、シレンシオを唱え黙らせてくれた。
授業では、ロンはこの呪文を成功させた事はなかった。そのせいか、私よりも当の本人が驚いた表情を浮かべていて、それを誤魔化すように「た、たまにはね」と少しだけ澄ました態度を見せていた。
そんなロンに緊張を解かれ、私は僅かに笑みを零した。
微かに息を切らす皆の瞳を見つめながら、私は優しく微笑み、完全に呪文が解け もう心配が無い事を伝えた。
一件落着。そうも思いたかったが、奴らがそう簡単に予言を諦める訳もなく、暗がりから現れた死喰い人は直ぐに私達の元へと迫ってきた。
だが、その事に真っ先に気が付いたジニーが呪文を放ち、死喰い人の動きを上手いこと封じてくれた。
ただ、ジニーの呪文は想像以上に強力なもので、予言の間にある棚が次々と音を立てて倒れ、今度は雪崩のように落ちてくる水晶が私達へと迫ってきた。
呆然としながらその光景を見ていた私達は、ハリーの声を聞くと同時に、崩れ落ちる水晶から逃げる為 ドアの方へと走ったのだった。
編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。