第5話

強いふりの終わり
3
2026/03/05 10:09 更新





 目を覚ましたとき、天井がやけに遠かった。





 ……また、倒れたのね。





 情けない。





「お目覚めですか」





 静かな声。





 第一王子、エドワルド殿下が椅子に座っていた。




「ご迷惑をおかけしました」





 反射的にそう言う。






 謝るのは得意だ。




 感謝より、ずっと。




「迷惑?」





 低い声。




「誰がそう言った」





 怒っている。




 でもそれは、私に向けた怒りじゃない。




 それが、少しだけ怖い。


「私は大丈夫です」





「大丈夫じゃない」




 即答だった。




 言葉に詰まる。







 殿下は立ち上がり、私のベッドの横に立つ。




「どうして一人で抱え込む」




 また、その言葉。




 みんな同じことを言う。






「私は悪役令嬢ですから」




 便利な言葉だ。





 それで全部、片付く。




「悪役令嬢なら、倒れていい理由にはならない」




 視線が絡む。




 真っ直ぐで、逃げ場がない。




「君は、俺の婚約者だ」



 胸が、強く鳴った。




「……形式上の」

「違う」


 間髪入れず否定される。






「君がどれだけ裏で動いていたか、知らないとでも思ったか」

 
 



 息が止まる。




「兄から聞いた」

 

 ルシアン殿下。

 あの人は、やっぱり。

「俺は王になる」






 殿下は続ける。






「だからこそ、隣に立つ人間が壊れるのを見過ごせない」

 優しい。

 真面目で、正しい。

 だからこそ。





「殿下には、もっと相応しい方が」

「レティシア」

 初めて、少しだけ声が揺れた。








「俺は君がいい」





 その一言が。

 胸の奥の、固く閉じていた場所を揺らす。

 ダメ。

 揺らいじゃダメ。

 私は強くいなきゃいけない。






「……私を選ぶと、面倒ですよ」




「望むところだ」



 即答。



 どうして。












 どうして、そんな顔で言うの。







 視界が滲む。

 泣くなんて、いつ以来だろう。



 こぼれ落ちる前に、目を伏せた。





「私は」




 声が震える。



「怖いのです」




 初めて、口にした。



「誰かに期待して、裏切られるのが」







 静寂。







 逃げ出したい。



 でも。




 次の瞬間。




 温かい手が、私の頭に触れた。





 優しく。


 壊れ物みたいに。







「なら、裏切らない」

 殿下は言う。

「何度でも証明する」

 その言葉は、甘い約束じゃない。

 覚悟の音だった。

 堪えていた涙が、落ちる。

 弱い。

 こんな姿、見せたくなかった。

「……半分」

 小さく、殿下が呟く。












「君が背負っているものを、半分よこせ」










 胸が熱い。

 こんなふうに言われたのは、初めてだ。









 でも。

 でも――

 扉の向こうに、気配。

 柔らかな殺気。

 ルシアン殿下。



 きっと聞いている。



 私は、どちらを見るべき?

 手を握り返せば、何かが決定的に動く。

 選ぶということは。







 誰かを、選ばないということ。

 その重さが、指先を縛る。


















 私はまだ。







 答えを出せない。  













 けれど。













 確実に、何かが変わり始めていた。

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