目を覚ましたとき、天井がやけに遠かった。
……また、倒れたのね。
情けない。
「お目覚めですか」
静かな声。
第一王子、エドワルド殿下が椅子に座っていた。
「ご迷惑をおかけしました」
反射的にそう言う。
謝るのは得意だ。
感謝より、ずっと。
「迷惑?」
低い声。
「誰がそう言った」
怒っている。
でもそれは、私に向けた怒りじゃない。
それが、少しだけ怖い。
「私は大丈夫です」
「大丈夫じゃない」
即答だった。
言葉に詰まる。
殿下は立ち上がり、私のベッドの横に立つ。
「どうして一人で抱え込む」
また、その言葉。
みんな同じことを言う。
「私は悪役令嬢ですから」
便利な言葉だ。
それで全部、片付く。
「悪役令嬢なら、倒れていい理由にはならない」
視線が絡む。
真っ直ぐで、逃げ場がない。
「君は、俺の婚約者だ」
胸が、強く鳴った。
「……形式上の」
「違う」
間髪入れず否定される。
「君がどれだけ裏で動いていたか、知らないとでも思ったか」
息が止まる。
「兄から聞いた」
ルシアン殿下。
あの人は、やっぱり。
「俺は王になる」
殿下は続ける。
「だからこそ、隣に立つ人間が壊れるのを見過ごせない」
優しい。
真面目で、正しい。
だからこそ。
「殿下には、もっと相応しい方が」
「レティシア」
初めて、少しだけ声が揺れた。
「俺は君がいい」
その一言が。
胸の奥の、固く閉じていた場所を揺らす。
ダメ。
揺らいじゃダメ。
私は強くいなきゃいけない。
「……私を選ぶと、面倒ですよ」
「望むところだ」
即答。
どうして。
どうして、そんな顔で言うの。
視界が滲む。
泣くなんて、いつ以来だろう。
こぼれ落ちる前に、目を伏せた。
「私は」
声が震える。
「怖いのです」
初めて、口にした。
「誰かに期待して、裏切られるのが」
静寂。
逃げ出したい。
でも。
次の瞬間。
温かい手が、私の頭に触れた。
優しく。
壊れ物みたいに。
「なら、裏切らない」
殿下は言う。
「何度でも証明する」
その言葉は、甘い約束じゃない。
覚悟の音だった。
堪えていた涙が、落ちる。
弱い。
こんな姿、見せたくなかった。
「……半分」
小さく、殿下が呟く。
「君が背負っているものを、半分よこせ」
胸が熱い。
こんなふうに言われたのは、初めてだ。
でも。
でも――
扉の向こうに、気配。
柔らかな殺気。
ルシアン殿下。
きっと聞いている。
私は、どちらを見るべき?
手を握り返せば、何かが決定的に動く。
選ぶということは。
誰かを、選ばないということ。
その重さが、指先を縛る。
私はまだ。
答えを出せない。
けれど。
確実に、何かが変わり始めていた。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。