第4話

Four.夢と現実
43
2026/02/19 23:18 更新

るなとシヴァはしばらく無言で向き合っていた。
sv.
とりあえず

最初に言葉を発したのはシヴァだった。
sv.
食堂に移動しようか?
rn.
ええと

食堂の椅子に着いたが、シヴァは話を始める気はないらしかった。ぼうっとテレビを眺めたまま、一言も発しない。

沈黙に耐えかねて、るなは自ら言葉を発した。
rn.
るな、今物凄く怖いんですけど
sv.
俺はかなり興奮している

シヴァはそう言ったが、先程の様子から見ると、全然興奮しているようには見えなかった。
sv.
世の中にまだこんな凄いことがあるなんて驚きだよ
rn.
つまり、どういうことですか?ええと、貴方が驚いてる理由とるなが驚いてる理由は同じですよね?
sv.
なんでそんなに持って回った言い方をするの?
rn.
もし、るなの勘違いだったら、というか、るなが思ってることを口走ったりしたら、多分るな、頭がおかしいって思われちゃいます
sv.
君は偶然、合言葉が一致したと思ってるの?
rn.
やっぱり合言葉なんですね
sv.
俺はそう言ったよね
rn.
ということは、つまり......駄目です。やっぱり言えない
sv.
どうして言えないの?理由が分からない
rn.
だって、おかし過ぎるんですもの。意味が通らないですって
sv.
理論は後で考えればいい。とりあえず現象を分析しなきゃ、理論は生まれないからね
sv.
知ってる?どんな状況下でも光の速度は常に一定であるという不可解な現象から、相対性理論は生まれたんだよ
rn.
でも、るなは言わないですよ。言った後できっとおかしいって笑われるんですから
sv.
じゃあ、俺が言うよ。こんな所で堂々巡りしててもらちが明かない

シヴァはるなの目を見つめた。
sv.
俺たちはワンダーランドにいた。その時、俺はトゥウィードルの双子で、君はアリスだった

るなは悲鳴を上げた。

周りの人々が二人を見た。
sv.
え。悲鳴を上げるのはさすがに酷いでしょ〜。俺が君に何かしたみたいになっちゃうじゃん
rn.
いや、あんまりびっくりしちゃったものですから
sv.
大体は想像ついてたんじゃない?
rn.
はい、まあ。でも、ひょっとすると妄想なんじゃないかと思ってたので......。あっ、ひょっとすると今、貴方が言ったっていうこと自体、るなの妄想なのかも?
sv.
そこまで疑ったら、自分の精神を信頼できなくなるよ
rn.
今、まさに自分の精神が信頼できない状態なんですけど......
sv.
君はあの世界ではかなりまともな方だと思ってたけどね
rn.
つまりどういうことなんですか?これは催眠術か何かなんですか?
sv.
どこがどう催眠術なのさ
rn.
えーっと、貴方がるなに変な夢を見せたとか...
sv.
いや、そんなことはしていない
rn.
じゃあ、どういうことなんですか?どうして貴方はるなの見た夢の内容を知ってるんですか?
sv.
だから、俺も君と共通の体験をしたからだよ
rn.
二人の夢が繋がってたってことですか?どうしてそんなことが起きるんです?
sv.
理由は分からない。それから、単に二人の夢が繋がっていただけという訳ではないように思うよ
rn.
じゃあ、やっぱりるなの気が変になってるってことですか?
sv.
広い意味ではそうかもね
rn.
やっぱり......
sv.
だけど、そう心配する必要はないと思う。客観的な現象は存在すると仮定してみて、矛盾が生じた時に初めて自分の正気を疑えばいいんだから
rn.
客観的な現象って、例えば?
sv.
ワンダーランドは実在するって仮定するんだ
rn.
自分の頭よりまずシヴァさんの頭が心配になってきました......
sv.
失礼だな。君、オッカムの剃刀かみそりって知ってる?
rn.
海外メーカーの髭剃りですかね?
sv.
不必要な仮定は立てるべきではないっていう原理だよ。つまり、物事を説明できる最も単純な理論を採用すべきってこと
rn.
最も単純なものが正しいってことですか?
sv.
そうじゃない。必要もないのに複雑な仮説を取り扱うのは、思考の無駄だって意味だ
rn.
どう違うんですか?
sv.
今は意味を厳密に分析してる時じゃないよ。俺が言いたいのは、ワンダーランドがあるって考えた方がすっきり説明がつくってこと
rn.
もしあの世界が実在するとして、一体どこにあるっていうんですか?地面の下?海の底?それとも他の惑星?
sv.
君はどこだと思う?
rn.
んー、そうですね。地面の下でしょうか?なんだか、穴に落ちて到着したように思えるので
sv.
多分、地面の下にあれだけの空間は存在し得ないよ。それに、あの世界には日が差してたでしょ
rn.
じゃあ、海の底?
sv.
海の底だとしても、地面の下とほぼ同じ問題があるね
rn.
じゃあ、やっぱり別の惑星なんですか?
sv.
その可能性が最も高い。だけど、それでも、どうして俺たちがこことあそこの間を移動できるのかの説明は難しい
rn.
本当に移動しているんですか?寝ている間に?夢遊病者みたいに?
sv.
単なる夢遊病じゃない。俺たちは変身していた
rn.
寝惚けてるからそう思い込んでただけじゃないですか?
sv.
眠っている間に俺たちが家を抜け出して、どこかで出会って、そこで夢を見たまま話しているって?
rn.
そうとしか思えません
sv.
そんなことをしていたら、今頃二人とも治療を受けているところだよ
rn.
じゃあ、どうやって夜中に出歩けるんです?
sv.
出歩いてなんてないんじゃない?二人とも自宅にいて、身体だけ眠ってるとしたら?
rn.
じゃあ、やっぱり夢なんじゃないですか?
sv.
単なる夢じゃない。二つの世界の特定の人物同士がリンクしているんだ
rn.
どういうことですか?
sv.
この世界には、君____栗栖川るなが存在し、向こうの世界にはアリスが存在している。そして、その二人はリンクしていて、一方の夢が一方の現実と重なっている
rn.
結局、夢なんですか?夢じゃないんですか?
sv.
精神の健康が最優先課題なら、夢だってことにするのが、一番手っ取り早いかもね
rn.
じゃあもう、そうしちゃいたいです
sv.
それでもいいけど、このまま事態を放置してたら、向こうの世界で、君に不幸が降り掛かることは避けられないよ
rn.
何の話ですか?
sv.
アリスはハンプティ・ダンプティ殺人の犯人だと思われている
rn.
そうでしたね。でも、あれはマッドハッターと三月兎の勝手な思い込みですよ
sv.
だけど、彼らは証拠を示した
rn.
証拠って、白兎の戯言たわごとのことですか?
sv.
この世界地球では白兎が何を言おうと証拠として扱われないけど、向こうの世界ワンダーランドでは立派な証言になるんだよ
rn.
アリスが逮捕されるかもしれないってことですか?
sv.
そうなる可能性は高い
rn.
どうせ夢の中の話ですよ
sv.
それで割り切れるの?もし、終身刑になって、牢獄に閉じ込められたら、君の人生の半分は失われることになる
rn.
半分?夢は覚めたら終わりですよ?
sv.
半年前まで、俺もそう思ってた。だけど、同じシチュエーションの夢を見ていることに気づいてから、夢日記を付けることにしたんだ
rn.
るなも今日から付け始めました
sv.
それはいい習慣だ。人は夢の内容をすぐに忘れてしまう。印象に残っている夢以外はね。夢日記は俺にとてつもないことを教えてくれたんだ
rn.
どんなことですか?
sv.
俺はこの半年間、毎日、あのワンダーランドの夢を見ていたんだ
rn.
まさか......。でも言われてみれば、るなもそんな気がしますね
sv.
あの夢をどれくらい前から見始めたか、覚えてる?

るなは首を振った。
rn.
最近のようからな気もしますし、何年も前からのような気もします
sv.
じゃあ質問を変えよう。ワンダーランド以外の夢で何を見たか覚えてる?
rn.
当たり前ですよ
sv.
例えば、どんな夢?
rn.
どんな夢って......。えっ?
sv.
どんな夢なの?
rn.
急に言われたって思い出せませんよ
sv.
でも、ワンダーランドの夢はすぐに思い出せる
rn.
それは最近見たからですよ
sv.
じゃあ、時間をかければ他の夢も思い出せるって言うんだね?
rn.
はい。当然です
sv.
じゃあ、いくらでも待つから思い出してみて

シヴァは口を閉ざした。

るなは目を瞑って深呼吸した。
rn.
(焦らずに、ゆったりとした気持ちになれば、きっとすぐに思い出せますね)

三分が経過した。

るなは眉間に皺を寄せた。

シヴァは何も言わない。

更に一分が過ぎた。

るなはゆっくりと目を開いた。

シヴァはニヤニヤとるなを見ていた。
rn.
何ですか、その顔は!
sv.
思い出した?
rn.
ど忘れですよ。そういうことってなくもなくもないですよね?
sv.
ど忘れかぁ、wそれで、今までの人生で見た夢を何一つ思い出せないって?
rn.
何一つ思い出せない訳じゃないですよ
sv.
じゃあ、何を思い出せる?
rn.
......ワンダーランド、......

るなは消え入りそうな声で言った。
sv.
何?

るなは溜め息をいた。
rn.
もう降参です。るなは今までで一種類の夢しか見たことがないようですね
sv.
信じられないかもしれないけど、これから毎日夢日記を付けていれば、どんどん信じられるようになるよ
rn.
何だか宗教勧誘みたいな文句ですね...。つまり、貴方はこれから毎晩るなが牢獄の夢を見るようになるだろうっていうんですか?
sv.
その通り
rn.
なるほど...。確かに、毎晩寝るのが楽しみになる夢ではないですね
sv.
そうでしょ。だったら、それを回避するための方法を探さなくちゃ
rn.
でも、夢なんてそんなにはっきり覚えてないんですから、現実で懲役をくらうよりは遥かにましなんじゃないですか?
sv.
日本の刑務所の方がワンダーランドの牢獄より遥かに待遇がいいと思うけどね
rn.
どっちにしても、現実のるなには何の問題もないですよ
sv.
ふぅん......

シヴァはるなの顔をじっと見つめた。
rn.
顔に何かついてます?
sv.
言うべきかどうか悩んでる
rn.
え、歯に青海苔のりとか付いてるんですか?それなら言ってください!
sv.
君、今日は青海苔を食べたの?いや、そうじゃなくてね、君の心の強さを推しはかってるんだよ
rn.
貴方、外見だけで他人の心の強さが分かるんですか?
sv.
分かるかなと思ったけど、無理そうだね
rn.
じゃあ、推し量っても無駄じゃないですか?
sv.
そうだね。じゃあ直接くけど、君の心は強い?
rn.
そんなの分からないですよ。他人の心と較べたことなんかないですから
sv.
分かった。躊躇ちゅうちょしていてもしょうがない。今までの調査で、物凄ーく重要なことが分かったんだ
rn.
調査?何の調査ですか?
sv.
世界の調査だよ。この世界とワンダーランドの両方を調べて、少しずつ二つの世界の関係が分かってきたんだ
rn.
それだけ聞いたら、病院に行った方がいいんじゃないかって思えてきちゃいますね......
sv.
さっきから思ってたけどさ、俺って君の先輩だよね...?一応
rn.
だって、普通だったら自分の妄想だと思いません?
sv.
君も自分の妄想だと思う?
rn.
いえ。もう一人同じ体験をしている人がここにいますからね。貴方自身がるなの妄想じゃなかったらの話ですけど......
sv.
俺も同じだよ。同じ体験をしてる人がいたから、妄想じゃないって信じることができたんだ
rn.
るなが仲間だって分かったのはついさっきですよね?
sv.
いや、そうじゃないんだ。仲間はもう一人いたんだ
rn.
えっ?

るなは目を見開いた。
rn.
どうしてそれを早く言わなかったんですか?
sv.
まず、君が本当にアリスかどうか確認したかった
rn.
それで誰なんですか?そのもう一人の仲間って
sv.
王子だ
rn.
えっ?
sv.
王子もワンダーランドの住人だったんだ
rn.
王子さんと仲がいいんですか?
sv.
いや、ただの知り合いだ。特に強い友情で結ばれていた訳じゃない

シヴァは続けた。
sv.
たまたま彼が誰かと話しているのを聞いてしまったんだ。最近変な夢を見るって
rn.
ワンダーランドの夢?

シヴァは頷いた。
sv.
最初は聞き流そうとしたんだ。だけど、どうしても気になっちゃって。夢の内容が俺の知ってるのとそっくりだったから
rn.
偶然だとは思わなかったんですか?
sv.
そう思おうとしたよ。だけど、彼の言葉が凄く気になって、それが切っ掛けで夢日記を付けることになったんだ
rn.
それで、確信に至ったんですね
sv.
俺の見てる夢の世界は実在する
rn.
それで、王子さんにそのことを言ったんですね
sv.
最初は凄く気味悪がってたけど。何かの嫌がらせだと思ったらしい
rn.
普通はそうですよ。るなも気持ち悪かったし
sv.
だから、俺は提案したんだ。じゃあ、次の夢で君に話しかけるよってね。その内容を現実世界で確認できれば、それが証拠になるって
rn.
成功したんですね
sv.
とてつもない驚きだった。だけど、事実が明らかになるに連れて、興味が湧いてきたんだ。一体これはどんな原理で起きてる現象なんだろうかと
rn.
分かったんですか?
sv.
いや。やっと仮説ができあがりつつあっただけだね
rn.
どんな仮説なんですか?
sv.
まだ不完全だよ。教える程のものじゃない
rn.
構わないですよ。不完全だとしても、何も情報がないよりはましですから
sv.
オッケー、いいよ、分かった

シヴァは唇を舐めた。
sv.
俺達はこれをアーヴァタール現象と呼んでいる
rn.
アーヴァ...何ですか?
sv.
アーヴァタール現象。インド神話における、神の化身のことだよ。実態はあくまで神だけど、一時的に地上に化身を送るんだ
sv.
例えば、ヒンドゥー教では、釈迦はヴィシュヌ神のアーヴァタールの一つであると考えられている
sv.
それと同じように、『ワンダーランド』という仮想世界に俺たちのアーヴァタールが存在してるとしたら、どう?
rn.
ネット人格とか、ネットゲーム上のキャラみたいなものですね?自分自身じゃないけど、限りなく自分を反映した存在
sv.
そうだな。俺はゲームが好きだから分かるけど、そんなようなもんだよ
rn.
その仮想世界は誰かが作ったものなんですか?
sv.
全く見当も付かないね。そもそも誰かが作ったのかどうかもはっきりしない
rn.
仮想世界って自然にできたりするものですかね?
sv.
絶対にないとは言い切れない
rn.
だって、仮想世界の構築には、コンピューターが必要じゃないですか
sv.
人間の脳なら、コンピューターの代わりになる。所謂いわゆる普通の夢とか空想だって、一種の仮想現実って言えるし
rn.
知らない間に、るなたちは誰かの脳にアクセスしてるってことですか?
sv.
むしろ、俺たちの脳が相互に接続してネットワークを構成してる可能性の方が高いだろうね
rn.
どうしてそんなことが起きるんですか?るなたちの脳はケーブルで繋がってなんかいないですよ
sv.
そこが謎なんだよ。何らかの未知の信号で結び付いているのかもしれないし、案外微弱な電磁信号が鍵なのかもしれない
rn.
これだけ色んな電磁波が飛び交ってたら、脳波なんかまともに届かないですよ
sv.
ノイズの中から意味のある情報を拾い出すのはそれほど複雑な技術じゃないよ
sv.
ただ、人間の脳にそんな機能が備わっているかというと、分からないとしか言いようがない
rn.
備わってないですよ。そんな機能必要ないし、もしあったとしたら、逆に音声でのコミュニケーション手段は発達しなかったと思います

シヴァは肩をすくめた。
sv.
さっきも言ったように、今のは単なる仮説に過ぎないんだ
sv.
もちろん、特定の人間の精神を人工的な仮想現実とリンクさせるっていう陰謀じみた計画が密かに進行してる可能性も排除できないけどね
rn.
知らない間にるなたちの脳に何か埋められているとか?
sv.
その可能性もある
rn.
だったら、るなたちがまずすべきことは、警察に行くことですね
sv.
それで、『俺の脳に何かが埋められているので、それをやった犯人を捕まえてください』って言うの?
rn.
まともに相手される訳ないですよ。まずは証拠ですね。レントゲンかエコーで脳の中を調べればいいんじゃないですか?
sv.
その方法もあるね。病院に行って、『物凄く頭が痛いから脳の検査をしてください』って言う。そっちの方が現実的だ
rn.
じゃあ、今からでも病院に行ってきます

るなは立ち上がろうとした。
sv.
ちょっと待ってよ
rn.
何ですか?まだ話があるんですか?
sv.
君に話さなきゃならない重要なことがあるって言ったでしょ
rn.
今の話じゃないんですか?
sv.
今までの話も充分重要だ。だけど、これからする話は今までの話が前提で、尚且なおかつ、君にとって物凄く重要になる
rn.
勿体もったいぶらずに早く言ってくださいよ。病院が閉まっちゃいます
sv.
もしアリスがハンプティ・ダンプティ殺害の犯人だと断定されたらどうなるか
rn.
さっきも言ってましたけど、牢獄に閉じ込められるんじゃないですか?
sv.
裁判官が女王だったら?
rn.
首をちょん切られるかもですね。女王は誰彼構わず『首をちょん切っておしまい!』って言いますから。でも、実際にちょん切られた人は......
sv.
彼らは実際には犯罪者だと認定された訳ではなかった。だから、誰も刑を執行する気がなかったんだ。でも、もし殺人犯だったとしたら?
rn.
アリスは死刑になるって言うんですね。でも、夢の中......仮想現実の中で死んだとしても、それが何だって言うんですか?
rn.
ゲームのキャラクターが死んだとして、まさかるなが死んじゃう訳じゃあるまいし......
sv.
一つ大事な情報を伝えよう。君の心は充分に強いと判断できた

シヴァは深呼吸した。
sv.
王子のワンダーランドでのアーヴァタールはハンプティ・ダンプティだった
rn.
えっ?

るなはシヴァの言葉の意味が把握できずにしばらく混乱した。

そして、徐々にその言葉の意味するものが理解できたことで、身体ががたがたと震え始めた。それは、自分ではどうしても止められない、今まで経験したのことのない戦慄だった。
sv.
そう。二つの世界の死はリンクしている可能性がある

シヴァは静かに言った。
sv.
その場合、アリスの死刑は、現実世界の君の死を意味する

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