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第12話

12 (終)
3,074
2022/11/22 03:46

PM 11:50







速報 ーアンドロイドデモ 鎮圧ー



『 アンドロイドのデモを武力行使で阻止するよう決定が下され、バリケードに攻撃を仕掛けましたが、今しがた軍が退却した模様です。




これら市民の安全を考慮し、市内ではまさにこの瞬間も避難活動が続けられています。



一週間前、世界中で無数のアンドロイド達が一斉に声を上げました。



今、アンドロイド達の訴えを受け、世論が大きく変わろうとしています。




今こそ、彼らが新たな一つの知的生命体であるという可能性を受け入れる時が来たのかもしれません。





ひとつ確かなのは、彼らの涙が、言葉が、未来を永久に変えたということ。 』











銃を下ろして遠ざかっていく無数の軍と、ヘリコプターの風が雪を舞い上がらせた。
端に追いやられたアンドロイド達が、そっと目を開けながら手を解いていく。銃口がこちらを向く事もなく、軍が手足を拘束してくることもない。ただ、自分達が必死に伝えきた言葉が伝わったように引いていく。
目の前で起こりうる状況を信じられないと言ったように、真っ白な雪と壊されたバリケードの残骸、それから山のような仲間の死体を見渡していた。さっきの銃声や仲間の呻き声が嘘かのように静かだった。


「……やっ、た…これ、」


震える声で呟いたのは、悠太だった。
アンドロイドが、多くの犠牲の上に自由を勝ち得た。生きているのだと、証明することが出来た。やっと届いたのだ、自分達の声が。沢山の屍を超えて、恐怖を、痛みを、寒さを超えて、やったんだ。

悠太は、唖然とするテヨンの腕をそっと引いて抱き締めた。行き場をなくした手がそっと悠太の背中に回されて、頭を肩の辺りに預けながら問いかけてくる。ごく小さな、聞き取るのも難しいような声。


「っ届いたの…、?」

「うん、勝った、勝ったで」


必死に繋いできた、自分達の、無数のアンドロイドの声が。

何十、何百もの仲間の犠牲を踏み、乗り越えた。それは紛れもなく“テヨン”という存在が居たから導き出せた結末であって、共に声を上げた今は亡き仲間達の力であって。今生きる、ヘチャンやマーク、ジョンウや仲間達が最後まで抗ったからだ。全てが今という未来に繋がったのだ。自分達の存在を、ただ生きていると示す為に武器一つ持たずに立ち向かった。多くの死者を生み出した暗い過去が導いた、明るい結末。

テヨンは理解した途端、栓を抜いたように泣いた。
決して来ることがないと思っていた未来が訪れた事の幸せと、仲間達の屍を踏み台にした未来を導いたことに対する懺悔の涙。ただ、“感情”を抱いてしまっただけで、仲間が血を流して死んでいく残酷な光景を目の当たりにした。幸せでなくても、人並みに生きていけるように仲間を人間の町へ見送った。少しでも傷付くことが無ければと、体の一部を渡した。彼らに神の御加護があらんことをと、両手を硬く祈るように握り締めながら、仲間が死んでいく中で一人気丈に立ちながら。


彼らアンドロイドは、この世界に生まれ落ちたその日から、沈黙を貫き、苦しみに耐え抜いた。



これから先、仲間を殺された怒りを、傷付けられ虐げられた恐ろしい過去を、捨て去らねばならない。



けれど、やっと、やっと、やっと。




“自由”になった。




「ありがとう」



アンドロイドの居場所を作り、助け、ここまで導いてくれた。彼が居なければアンドロイドはきっと人間と壮絶な対立をしていただろう。理性的に、平和的に解決する前にお互いが武力を持って睨み合ったはずだ。きっとこんな未来も訪れていない。生きているということを示す事さえなかったかもしれない。生きる事を諦めていたかもしれない。



TYー701型アンドロイド


それは、全アンドロイドの明るい未来。
それは、あまりに優しい感情を持った機械。
それは、新たな時代の創始者。



それは、アンドロイド達の誇り高きリーダーだ。













「次どうぞ」


凍てつくような恐怖に、足が竦む。
握られた手に、汗がじわりと滲んだ。
今引き戻して、避難地区に行くのを辞めればいいんじゃないか。他の抜け道があるかもしれない。少し酷だが来た道を戻ってソウルのアパートに帰ればいいんじゃないか。頭をぐるぐると回る思考が擦り切れそうになって、限界で、目に涙の膜が張った。ここで怪しい素振りを見せると危ないのはジェヒョンの方なのに、迫り来る結末に心臓が耳に届くくらいに五月蝿くて痛い。


検温器が向けられ、ドヨンに赤い光を放つ。
体温を図った検温器は、異常が無いことを示すように、ピ、と軽快な音を立てた。



そして、赤い光はやがてジェヒョンを照らした。



冷や汗がぶわりと溢れる。
腕を掴んで逃げてもいい。やっぱり避難するのは止めると、言ってもいい。熱だなんて、風邪を引いてるだなんてどうでもいい。ジェヒョンが生きるには逃げるしかない。

だって、ここまで来たのに。
生きるために、必死に痛くて辛い思いをしたのに。
こんなところで見世物みたいに殺させてたまるか。
これからまた人間らしく、何の危険に晒されることなく生活するはずだったのに。彼に自由を与えたかったのに。こんなことになるはずじゃなかった。



今しかない。

逃げれば間に合う。

彼を、殺されたくない。





けれど、体は動かなかった。

検温器がジェヒョンの体温を図っている様子に、もう間に合わないと脳が、体が判断していたからだ。
ああ駄目だ嫌だ、やめてくれ。喉が詰まって声が出ない、体が固まって一点を見つめることしか出来ない。






体温を図り終えた検温器は、異常を示す鈍い音がした。
受付の男が、ハッとしたように二人に目線を向けた。






「お願い…」





ドヨンは震える小さな声で、悲願した。
ジェヒョンの手を掴んで、溢れそうな涙を瞼の淵いっぱいに溜めながら。彼を自由にさせて欲しい。




受付の男は、そっと建物内のテレビに目を移した。

テヨン達が仲間と抱き合う姿があった。
引いていく警察達、動き出した世論、届いた彼らの声。ヘリコプターから映し出されるそこには、無数のアンドロイドの死体があった。無防備な彼らに、銃を向けて立ち向かった人間。声を上げた彼らが、やっとの思いで今、自由を勝ち得たのだ。ピンクの髪の毛がふわりと風に吹かれている。まだ幼く見える青年が抱き締められながら大泣きしている姿も、ピンク色の髪をした青年が無数の死体に向かって両手を握りながら神に祈るようなその姿も、まるで生きている人間がするような行為だった。

彼らは皆、生きている。

自由だけを求めて、自由だけに傷付き、喜んでいる。
本当に、生きているんだ。




そっと、机に検温器を置いた。
受付の男は、二人に優しく笑いかけながら言った。





「どうぞ、通って」





目の前の通過扉が、二人を外に招くように開いた。

ドヨンの、震える吐息が聞こえる。強く握られた手をそのままに、驚きと安堵、緊張で萎えそうになる足を何とか動かして自動ドア開いたその向こうへと出た。
凍てつくような外の寒風に肌を刺されて、チラホラと降る雪に頭を濡らされた。酷く寒いのに、氷が溶けたみたいに暖かい。



出口のすぐそば、警備の目を抜けた直後に、ジェヒョンはドヨンを強く引き寄せて抱いた。

緊張の解ける吐息がする。固まる体が溶けて、我慢していた涙がぶわりと溢れるように頬を流れた。震える手でジェヒョンの頬を寄せて、誰の目も気にせずに口付けをした。

もう一生、出来ないと思っていたものを。
感じられないと思っていたものを。


「ジェヒョナ、…自由だよ、やっと、」


逃げなくていい。
偽らなくていい。
感情を持たなければと、愛さなければと、生きなければと過去を後悔しなくていい。ひとりの人間として生きていていいのだ。

テヨン達が、あの子たちが、繋いだこの自由を。



「ヒョン」

「なに?」

「幸せっていうのは…こういう気持ちなんですね」


ジェヒョンが笑いながら言った。


「そりゃ、」

「貴方をこの先も愛せるのが、凄く嬉しい」


気恥しい事を普通に言って、幸せそうに笑った。
本当は怖くて逃げたかったくせに、一度しか弱みを見せなかった。悲しい事も沢山あったはずなのに、涙を見せなかった。何度も絶望に打ちひしがれて、何度も諦めようと思った彼が、凄く幸せそうに笑っている。それだけで酷く嬉しくて堪らない。

ジェヒョンはドヨンを抱き締めたまま、ドヨンの耳元でゆっくりと話し始めた。


「ヒョン…俺は、機械です」

「うん」

「貴方を愛しているし、感情もある、プログラミングされていない事をするけれど、それでもアンドロイドだ」

「…うん」

「貴方がどんどん歳をとっても、俺はこの見た目のまま、一緒に老いていけない」

「そうだね」

「人間じゃない俺でも、いいですか」

「…嫌だったら、ここまで来てないでしょ」


“深いことは考えるな”と言いたげに、ドヨンはジェヒョンの頭を軽く手で掴んだ。ここまで来て不安げにプロポーズみたいな言葉を掛けてくるから、それはそれで少し可笑しいものだ。

やっと自由だ。
全てが、全てを繋いだ。全ての戦いが終わった。
これから先大きな問題に立ちはだかることがあっても、それよりも幸せな事が沢山ある。



「…行こう」



そっとジェヒョンの手を引いて、人の流れる方に体を向けた。


まだまだ、明るい未来が待ってる。





━━━━━━━━━━━━━━━








昼の光が差す室内に、一人の足音がする。
白いフローリングに映る小鳥の影が、風に揺れた葉に驚いて飛んでいく。

机の上に、数枚の紙と写真を納めた封筒がひとつ。
開け口を糊付けしたその封筒に切手を貼って、指で軽く押さえた。封筒の宛名には、人の名前ではなくある施設の名前とカウンター番号が書かれている。


「写真入れすぎかな」

「いいえ、全然」


分厚い封筒に苦笑いするドヨンに、首を振って否定した。確かにそれなりに質量はあるが、迷惑にはならないだろうとそこは目を瞑った。ドヨンの腰に腕を回して引き寄せると、寝癖の正された髪にそっとキスをする。どんどん人間らしい仕草を覚えていく彼は、彼独特の癖や我儘なんかも言うようになった。アンドロイドなら眠いという感覚がないくせに「もう少し一緒に」とベッドに沈もうとするし、誰にも取られないようにと首に内出血の痕を付けたこともある。それに些か気持ちを掻き立てられるのも事実だが。



あれから1ヶ月。
アンドロイドの望む未来が着実に出来上がっていった。アンドロイドの法案成立、人間と同じような生活をすることが出来るようになった。まだアンドロイド反対派による過激な行動、それこそ殺人紛いのことをする者はちらほらと見受けられるが、アンドロイドに対する暴力や殺しは犯罪として刑を科されるようにもなった。


それから、避難地区で体を休めた後にソウルに帰ってからはすぐに綺麗な新しい家へ引っ越した。男二人じゃあの狭いアパートは窮屈だと、貯まりに貯まっていた貯金を使って大きめのアパートの一部屋に移ったのだ。お互いに部屋があるのに、ベッドはひとつ。彩りの少ない部屋には、淡いピンク色のクマを置いた。

そんな部屋の真ん中で、二人は静かな話し声を立てる。


「でも、どうして手紙を?」

「……あの時、緊張とか安心で歩くのが精一杯でお礼も言えてなかった気がしてさ」


冬の風が吹き抜けて、白いカーテンが魚の尾鰭のように揺れた。茶封筒を手に持ったままそういうドヨンは、そっとそれを鞄の中に入れた。


「今どき手紙なんて笑われるかもしれないけどね」

「今どきだからいいんですよ」

「楽しそうだったもんね、お前」

「アンドロイドはデータ内でやり取り出来てしまうので、こういうのは新鮮なんです」


人間にとって便利なように造られたアンドロイドに不可能な事は少ない。内蔵されていないデータはすぐに取り込むし、運動選手の動きを完全にコピーすることも出来る。知らないことはないし、出来ないこともない。
そうするとドヨンは顎に手を当てて、少し考えたような顔をしながら言う。


「そう思ったら…俺あんまりお前の機能知らないね。他に何ができんの?」

「…心拍数、体温、血糖値、体脂肪率、諸々計れます」

「他には?」

「人間と同じように、感覚を享受出来ます」

「…感覚?」

「ええ。痛い、眩しい、暑い、寒い、それと……気持ちいい、とか」


ジェヒョンの意味深な目が、そっとドヨンを捕らえた。
ドヨンは分かりやすく目を泳がせて、やっと理解したように焦り始める。


「えっ、あ、……と」

「だからずっと言ってるでしょう、抱かせて欲しいって」


ドヨンの腰を掴んで寄せると、首を曲げて首筋に顔を寄せた。耳が赤くなっていく彼が可愛くて、揶揄うようにそっと服の中に手を入れてみる。
ドヨンがジェヒョンの誘いを真に受けなかったのは、彼に感覚が無いと思っていたからだろう。自分だけ快感に浸るのも、彼が演技するのも虚しい。だからいつも彼の誘い言葉には曖昧な返事を返していたのだ。
けれど感覚をオンに出来ると分かった今でも、彼は逃げようと腕の中で暴れてしまう。


「コラ、今はダメ!」

「どうして…」

「いや客が来るからさ」

「ああ…忘れてました」

「………………メンテナンス行く?」

「冗談ですよ」


どちらともなく、ふふ、と笑い声が漏れた。




平和を手に入れ、訪れた平穏。
宗教や肌の色の違いで争いを産むような人間が、アンドロイドの声を聞きいれた奇跡。人間という創造主達に良いようにされ、いたぶられ、追いやられてきた彼らが、自ら感情を手に入れ反抗した。自分たちは生きているのだと、自由だけが欲しくて戦った。

沢山生まれた犠牲と、涙と、怒りと、悲しみと、憎しみは消えない。

けれど、この選択を選んでよかったのだと

誇れる時がきっと来る。



部屋の中に、インターホンの音が鳴り響いた。


「あっ、来た」


ドヨンが小走りで玄関に向かって、ジェヒョンはゆっくりとその後を着いていく。


そっと開かれた玄関扉の向こうに、7人の姿。


ヘチャン、マーク、ジョンウ、悠太、

そして、両目が綺麗に開かれたテヨンがいた。



「みんな、いらっしゃい」



そう。




あの時の選択を誇れる時が、もうそこまで来ている。











「おい、お前宛てに手紙だ」

「俺ですか?」


平日の仕事場は人が少ない。
暇そうに受付の机を指で叩いていた男の元に、上司が一つの茶封筒を持ってやって来た。少々重量のあるそれは口を固く糊で封じられ、達筆な文字で書かれた宛名。


“12月16日 12時頃 6番カウンターに居たお兄さんへ”


「よく調べて見たら、その日はお前がここの受付だったからな」

「誰から…」


筒の中に入れられた文房具からハサミを取り出して封筒を切り開けると、重量の原因であった写真と一枚の手紙。送り主の正体が知りたくて、指紋がついてしまうのも気にせずにその写真を取り出した。


「…あぁ!この二人か…!」


黒髪の彼と、茶髪の彼が並んでいる。
どの写真も何気ない瞬間だった。人間がするなら当たり前な、引っ越しとか、買い物とか、服を選ぶところとか。アンドロイドの彼がそうやって普通に街を歩く事が出来ている姿が写真に収められていた。

そして、最後に少し横長の写真を取り出した。

ピンク髪の彼を真ん中に、若い青年達が寄って集ってカメラに向いている。あの平和デモを起こした彼らだった。大量な仲間の死を目の前に曇っていた目が晴れていて、小綺麗になった服を着て益々人間らしくなっている。

写真を机に置いて、手紙の方を取り出した。



“ お兄さんへ


お元気ですか
僕達を覚えているかは分かりませんが、貴方に助けられた事を伝えたくて手紙を送らせてもらいました。


貴方が僕達の事を言わないでおいてくれたことにとても感謝しています。おかげで沢山の笑顔を見て、見たことのない世界を見ることが出来ている。


あの日、自分が選び進んだ道が間違っていたと何度も疑った。アンドロイドが殺されるのを見て、彼ももう駄目なのだと思ってしまった。


けれど、貴方のおかげでこの選択を誇ることが出来ています。


ありがとう



キム・ドヨン ジェヒョン より ”




新しい命を歓迎する、あの時の選択は、間違っていなかった。2人がカウンターの前で手を強く握る姿を見て、薄々感じてはいた。検温機が異様な音を立てた時、自分は既に何をすべきか分かっていたのかもしれない。


そっと手紙を直して、胸元に入れた。

自動ドアを通過してきた二人の客に目を向ける。
楽しげに会話を弾ませていた。


「旅行なんて初めてじゃない?」

「ホテル旅したじゃん」

「ヒョン…それとこれとは違うよ、旅行っていうのは視察、観光、保養、調査の為に他の土地に行くことであってあのホテルは」

「分かった、分かったから」


スーツケースを引いてカウンターにやって来た二人が、机の上にIDを置いた。IDを確認しながら、雑談がてらに2人へ話しかける。


「どこへ行く予定で?」

「日本です、この地区の空港が一番近くて」


長身の男がそう言って笑った。
その横にいる男は楽しそうに話す彼をただ眺めていて、お喋りな姿に呆れているのでも、どこか愛おしそうにはしゃぐ子供を見る親のような目だ。
確認を終えて、IDを渡航チケットに重ねて返した。


「ジャニ、行くよ」

「ん、オッケー」




手に入れた自由を、存分に。






「どうぞ、通って」











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終わり〜〜〜〜〜〜🫶

えっ、受付のお兄さんが主人公?
違いますよ〜〜〜〜〜〜〜👍👍👍👍👍👍👍

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