ハルの出発を翌日に控えた夜。街には、予報よりも早く冷たい風が吹き荒れていた。
私は、ハルの家の玄関先で、手作りの赤いお守り袋を差し出した。
中には、近所の神社で買った「無病息災」の札が入っている。
ハルは照れくさそうに笑い、大きなザックのサイドポケットにそれを丁寧に仕舞い込んだ。
ーー今回のハルの目的地は、厳冬期の北アルプス。ーー
プロの登山ガイドでも二の足を踏むような難所だ。
私の言葉に、ハルは少しだけ驚いた顔をして、それから優しく目を細めた。
ハルのその言葉の意味を、当時の私はまだ深く考えもしなかった。
ハルはザックを一度下ろし、胸のポケットからあの革表紙の『登山日誌』を取り出した。
そして、私の見ていない隙に、最後の方の白紙のページに何かを書き込み、そっと閉じた。
手渡された日誌は、ハルの体温でほんのりと温かかった。
駅の改札へと歩き出すハルの背中を、私はいつまでも、いつまでも見送っていた。
その夜。
るあが預かった日誌の最後のページには、ハルの乱れた筆跡で、こう記されていた。
『山を下りたら、るあにプロポーズする。指輪を渡したら…どんな反応をするのかな‥心配だな』
外では、窓を叩く風の音が、次第に激しい地鳴りのような音へと変わっていった。
北アルプスを、観測史上最大級の寒波が飲み込もうとしていた。














編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。