第23話

🦋第6章 継承 受け継ぐ手
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2025/10/19 22:00 更新
 朝靄の中、蝶屋敷の庭は藤の香りに包まれていた。
 小鳥の声が響くたびに、屋敷の窓がひとつ、またひとつ開く。
 今日も命をつなぐ日が始まる。

 栗花落つむぎは、庭の水面に映る自分の姿を静かに見つめていた。
 桃色の蝶の髪飾りが、春の光を受けて柔らかく輝く。
 あの日──怯えて言葉も出せなかった少女は、もうどこにもいない。

 背後から、懐かしい声がした。
 「つむぎ、呼吸は整ってる?」
 振り返ると、カナヲが立っていた。
 その表情は、以前よりも穏やかで、そしてどこか誇らしげだった。

 「はい。……今日も、ちゃんと笑えてます」
 つむぎはそう言って小さく微笑んだ。

 「そう。それがいちばん大事よ」
 カナヲはうなずき、まとっていた羽織
カナエからしのぶへ、しのぶからカナヲへ
受け継がれは羽織を脱ぐ


 「これをね、あなたに渡したいの」
 「え……? でも、私にはまだ──」

 「違うの。もう“まだ”じゃない。
  あなたはもう、自分の力で誰かを癒してる。
  この屋敷を、未来を、あなたに託したいの」

 カナヲの声は柔らかかったが、その瞳の奥には確かな信頼が宿っていた。
 つむぎは胸の奥が熱くなるのを感じ、手を伸ばした。

 「……受け取ります。
  この屋敷も、この想いも。
  私が必ず、守り続けます」

 羽織の重みは、ただの布ではなかった。
 それは胡蝶カナエから、胡蝶しのぶへ。
 そして栗花落カナヲから、栗花落つむぎへ──
 確かに受け継がれた“優しさ”そのものだった。

 カナヲは静かに微笑み、背を押した。
 「これからは、あなたの背中を見せてあげて」
 「……はい」

 その日から、蝶屋敷の主としてつむぎの名が刻まれた。
 けれど、彼女の笑顔はあの日のまま。
 誰かを癒し、導き、優しさを結び続ける。

 夜、灯の消えた庭に、二羽の蝶が舞った。
 藤の花の下、桃色と藤色の光が重なって、ひとつになる。
 ──優しさは、確かに受け継がれた。
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