夏の終わり、蝉の声が遠のく午後。
体育館の隅、ボールの跳ねる音が響く中、私は幼なじみの流川楓を見ていた。
彼は何も言わず、ただひたすらにゴールを狙いシュートを打ち続けている。
『……まぁた居残り練習?』
声をかけても、返事はない。
でも、それが流川くんの“いつも”だった。
『お水、持ってきたよ。』
そう言って差し出すとようやく彼の手が止まり、ペットボトルを受け取ってくれる。
視線は合わせないくせに、ちゃんと礼だけはするようにボトルを軽く上げる。
「……さんきゅ。」
その一言が、こんなにも嬉しいなんて。
無愛想で無口で、でもバスケには誰よりも真っ直ぐな彼。
言葉は少ないけど、背中で伝えてくるものがある。
『ねぇ、練習終わったあと……少しだけ、話せる?』
「ん、あぁ。」
短く答えて、また彼はボールを持った。
でもその一瞬、ちらりとこっちを見た彼の目は、確かに少しだけ優しかった。
放課後の体育館。
窓から差し込む夕日が流川くんの影を長く伸ばしていた。
私はベンチに座り、彼の練習をぼんやりと見つめていた。
たまに鳴るシュート音とバウンドのリズムが心地よくて、何も考えずにいられるこの時間が好きだった。
気づけば、もう誰もいない。
体育館には、私と流川くんのふたりだけ。
『……あとどれくらいやるの?』
「あと20。」
その言葉通り、彼は黙ってシュートを打ち続けた。
集中している時の彼は、まるで別の世界にいるみたいに静かで、でも熱くて。
20本目を決めたとき、ようやく彼はボールを脇に抱えてこっちに向かって歩いてくる。
「話、あるんだろ。」
『……うん。』
でもいざ話そうと思うと言葉が喉の奥に詰まってしまう。
伝えたいことはいっぱいあるのに、なんでだろう、顔を見たら全部飛んでいってしまう。
「なんだよ。」
流川くんが少し眉をひそめる。
怖い顔、でも私は知ってる。
それが“心配してる時”の彼の顔だってこと。
『……最近、頑張りすぎじゃない?』
「は?」
『無理してないかって聞いてるの。だって朝練も昼も、夜も、ずっとバスケじゃん。バスケが好きなのは分かるけど、オーバーワークで倒れちゃうよ。』
沈黙が流れる。
彼は答えない。
けど、その目だけはじっと私を見ていた。
「……おまえに関係ねーだろ。」
少し棘のある言い方。
怒らせちゃったかな?
そう思ったけれど、私は笑ってしまった。
『そうだね、関係ないかも。でも……私は、流川くんが倒れたりするの、イヤだから』
流川くんは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。
まるで、何かを堪えるように。
「……だったら。」
彼が少しだけ顔を上げた。
その目は思ってたよりもずっとまっすぐで、やわらかくて。
「もっとそばにいろ。そうしたら、たぶん……バランスとれるかもしれねぇ。」
心臓が、跳ねた。
『えっ…と……?。』
「おまえといると、なんか落ち着くから。」
たったそれだけの言葉が、胸の奥までしみ込んでくる。
無口で不器用な彼の、彼なりの優しい言葉。
『……うん、いるよ。いつでも。』
私がそう言うと、彼はふいに顔をそらして、ボールを拾いに行くふりをした。
顔は見えなかった。見せてくれなかった。
でも私にはわかった。
その耳が、少しだけ赤くなってたこと。
『ていうか、バランスって何なのよ。』
「バランスはバランスだどあほぅ。」
『変なのー。』












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!