ーーー潔sideーーー
約束の時間になった。
手術室の中は私、耕一君、周防さん、知事の4人
亜理紗は取り乱すといけないから
あなたちゃんと別室のモニターから
配信を見てもらうことにした
あなたちゃんが一緒なら安心だ
耕一君のアイコンタクトで
私は配信のカメラのスイッチを押した
ーーー亜理紗sideーーー
正美さんと初めて会った時のこと
お父さんに
「久しぶりに外でご飯食べよう」
って言われてるんるんで出かけたあの日
連れてこられたのは
私が大学に合格したときに3人で
私が二十歳になったときに2人で
たった2回しか行ったことがない
フォーマルなお店だった
パパがママにプロポーズした場所っていうのは
ママがこっそり教えてくれたんだっけ
その時の私は
「何かいいことあったっけ?あ、誕生日?
ううん、パパも私も当分先
ママの命日?でもないし…」
なんで急に連れてこられたのかわかっていなかった
何かあった?って聞いても
答えをはぐらかしてくるパパは
頻りにハンカチで汗を拭いている
さっきから私が話しかけてもどこか上の空だ
パパは嘘がヘタ
これは絶対何か隠してる
「こちらです」
案内された席には
40代くらいの女性が座ってて
こちらに気がつくと席を立ってお辞儀した
パパも彼女に軽く会釈してる
なにあれ
なにあれなにあれ!
私は踵を返して店を飛び出した
パパの制止も聞かず
ぼやんと柔く灯っている夜の街を
無我夢中で走る
このお店は、
私とママとパパの思い出が詰まった
大切な場所だったのに!
なんでよりにもよってあの店で
女性を紹介するの?
嫌い嫌い大嫌い!
パパなんて嫌い!
追いかけてくる足音が
だんだん小さくなっていることに気も留めずに
どこに向かうというわけでもなく
ただただ走った
画面越しでも分かるくらい怯えている播磨
何よ
あんたに怯える資格なんてないのに
だってあんたのせいで正美さんは、
あなたに手を握られて我に返る
遅れてじんわり痛みを感じて
無意識に力が入っていた拳をそっと開くと
爪の跡が深く手のひらに残った
あなたはその跡を消すように優しく撫でると
ビビットピンクのアームカバーを手のひらまで上げて
その上から指を絡めた
優しく首を振るあなた
その仕草が
いつか見た景色に重なって
涙でぼやけた
我慢できなくなって思わずしゃがみ込む
かかとの皮がむけ血が出ていた
ヒールで無茶な走り方をしたせいで
靴擦れしたんだ
もう…
やだ、
怒りと情けなさと痛みとがごちゃ混ぜになって
一気に押し寄せてきて涙が出てきた
遠くで幼稚園生くらいの女の子の笑い声が聞こえる
それにこたえる父親に、声量をとがめる母親の声
ごく普通のシアワセな家族だ
私もあの子ぐらいのときは、これが「普通」。
ママとパパと私と
この生活が10年20年…
ずっと続くんだって信じて
微塵も疑わなかった
それがどんなにシアワセかも理解しないで
私は腕に顔をうずめた
そのとき、
荒い息に交じって
私の名前を呼ぶ声が聞こえた
肩で息をしながらも
安堵の表情を浮かべるその人は
さっき飛び出したお店の席で
座っていたあの眼鏡の女性だった
私は泣いてるのがバレないように
慌てて涙をぬぐった
正直、困惑した
あれだけ私が嫌な態度をとったのに
正美さんは凄く丁寧に応えてくれたから
なんだか自分が凄く幼稚な気がして
恥ずかしくなった
恐る恐る目線を上げると
メガネの奥で目を真ん丸にしている正美さん
はぁ~とため息をつきながら
空気が抜けたみたいに
正美さんはしゃがみ込んでしまった
正美さんは顔を上げると
困ったように笑った
かっちりしたメガネと髪型とは裏腹に
表情がころころ変わって可愛い
後ろから声がして
反射的に正美さんの腕を掴む
正美さんも私の腕を掴んできたので
二人で抱き合う形になってしまった
見上げると逆さまになったぱぱの顔
あ、しゃがんでる私たちを見下ろしてるのか
じゃなくて!
困っちゃいますね、
ほんとよね、
そう言いあう私たちを見て
ぱぱはふっと笑った
あたかも困ったかのように頭をかいて
ぱぱはまた笑った
細い目がさらにきゅっと小さくなって
にっこり三日月形になる
そうだ、
ぱぱはこんな風に笑うんだったな
ふと目線を下げた正美さんから
ぱぱが言葉を引き継いだ
二人の様子から見て
これは前もって話し合ってたことみたいだった
正美さんがバッと顔を上げた
口をぽかんと開け
そっぽを向いて真っ赤になってるぱぱを見つめる
まさかぱぱ、
これも言ってなかったんじゃ
言ってないー
この反応は絶対言ってなかったー!
正美さんの頬はみるみる赤く染まり
ぱくぱく声にならない声を上げると
とうとう俯いてしまった
感情がすぐ顔に出るぱぱも
もちろん正美さんに負けないくらい真っ赤っか
そっぽを向いて平静を保ってる体で口を開いた
私は真っ赤になってる二人の腕をとった
ふふ
横に並んじゃえば顔は見えないもんね
それに今日は髪を下ろしていて良かった
この燃えそうなくらい熱い耳を
隠してくれるから















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。