前の話
一覧へ
次の話

第1話

最悪な出会い
286
2026/03/28 16:47 更新
「はいカットでーす!」

スタッフの声がリンクに響く。

ライトの熱と、氷の冷たさが混ざるこの空間が、私はあまり好きじゃない。

本来ここは、静かで、誰にも邪魔されない場所のはずだから。

「すみません、もう一回だけいいですか?」

監督にそう言われて、小さく頷く。

呼吸を整えて、スタート位置へ。

——3、2、1。

滑り出した瞬間、雑音が全部消える。

氷を削る音、体の軸、呼吸。全部が揃う感覚。

ジャンプも、スピンも、今日は悪くない。

…なのに。

「え、すご…」

小さく聞こえた声で、集中が一瞬だけ揺れた。

着氷は決まった。でも、完璧じゃない。
(なまえ)
あなた
……はぁ
止まった瞬間、少しだけイラつきが漏れる。

リンクサイドに戻ると、監督が苦笑いしていた。

「ごめんね、今の声。ちょっと見学来てて」
(なまえ)
あなた
見学?
視線を辿ると、数人のスタッフの後ろに、見慣れない男。

背が高くて、顔が整ってて——いかにも“芸能人”。

しかも、なんか軽そう。

目が合った瞬間、そいつはふっと笑った。
山中
山中
やばいね、今の。普通に見入った
軽い。

第一印象、最悪。
(なまえ)
あなた
…集中切れるんで、静かにしてもらっていいですか
思ったままをそのまま言うと、周りが一瞬静まる。

普通なら気まずくなる空気。

でもそいつは——
山中
山中
ごめんごめん、でもあれで切れるならまだ伸びしろあるじゃん
(なまえ)
あなた
は?
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。

何こいつ。
山中
山中
だってさ、本番もっと雑音あるでしょ。歓声とか、プレッシャーとか
笑いながら、平然と言う。
(なまえ)
あなた
……部外者が分かったようなこと言わないで
山中
山中
部外者ね
少しだけ、空気が変わった気がした。

でも次の瞬間には、またあの軽い顔に戻る。
山中
山中
じゃあさ、俺も静かに見てるから、もう一回完璧なの見せてよ
(なまえ)
あなた
……は?
山中
山中
さっきの、“完璧じゃない顔”してたじゃん
図星。

言い返せないのが、余計にムカつく。
(なまえ)
あなた
——別に、あんたのために滑ってるわけじゃない
山中
山中
知ってる。でも俺が見たいだけ
(なまえ)
あなた
勝手すぎ
山中
山中
よく言われる
さらっと返されて、言葉が詰まる。

…ほんと無理、このタイプ。
山中
山中
名前は?
(なまえ)
あなた
は?
山中
山中
俺、山中柔太朗
聞いてもないのに名乗ってくる。
山中
山中
で、君は?
(なまえ)
あなた
……別に、覚えなくていいです
山中
山中
えー、覚えるよ
にやっと笑うその顔に、なぜか少しだけ引っかかった。
山中
山中
だってさ——
柔太朗は、リンクを見ながら言った。
山中
山中
こんな滑りする人、忘れる方が無理じゃない?
一瞬、言葉を失う。

軽いくせに、こういうことをさらっと言う。

…調子狂う。

「次、いけます!」

スタッフの声で、我に返る。
山中
山中
ほら、行ってきなよ
軽く顎でリンクを指される。
(なまえ)
あなた
......今度は、邪魔しないでください
山中
山中
約束する
本当かよ。

そう思いながら、もう一度スタート位置に立つ。

深く息を吸う。

さっきより、少しだけ心臓がうるさい。

理由は分かってる。

——あいつが、見てるから。
(なまえ)
あなた
……最悪
小さく呟いて、滑り出した。

プリ小説オーディオドラマ