「はいカットでーす!」
スタッフの声がリンクに響く。
ライトの熱と、氷の冷たさが混ざるこの空間が、私はあまり好きじゃない。
本来ここは、静かで、誰にも邪魔されない場所のはずだから。
「すみません、もう一回だけいいですか?」
監督にそう言われて、小さく頷く。
呼吸を整えて、スタート位置へ。
——3、2、1。
滑り出した瞬間、雑音が全部消える。
氷を削る音、体の軸、呼吸。全部が揃う感覚。
ジャンプも、スピンも、今日は悪くない。
…なのに。
「え、すご…」
小さく聞こえた声で、集中が一瞬だけ揺れた。
着氷は決まった。でも、完璧じゃない。
止まった瞬間、少しだけイラつきが漏れる。
リンクサイドに戻ると、監督が苦笑いしていた。
「ごめんね、今の声。ちょっと見学来てて」
視線を辿ると、数人のスタッフの後ろに、見慣れない男。
背が高くて、顔が整ってて——いかにも“芸能人”。
しかも、なんか軽そう。
目が合った瞬間、そいつはふっと笑った。
軽い。
第一印象、最悪。
思ったままをそのまま言うと、周りが一瞬静まる。
普通なら気まずくなる空気。
でもそいつは——
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
何こいつ。
笑いながら、平然と言う。
少しだけ、空気が変わった気がした。
でも次の瞬間には、またあの軽い顔に戻る。
図星。
言い返せないのが、余計にムカつく。
さらっと返されて、言葉が詰まる。
…ほんと無理、このタイプ。
聞いてもないのに名乗ってくる。
にやっと笑うその顔に、なぜか少しだけ引っかかった。
柔太朗は、リンクを見ながら言った。
一瞬、言葉を失う。
軽いくせに、こういうことをさらっと言う。
…調子狂う。
「次、いけます!」
スタッフの声で、我に返る。
軽く顎でリンクを指される。
本当かよ。
そう思いながら、もう一度スタート位置に立つ。
深く息を吸う。
さっきより、少しだけ心臓がうるさい。
理由は分かってる。
——あいつが、見てるから。
小さく呟いて、滑り出した。














編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!