午後六時を少し過ぎたぐらい。
引っ越してきて、挨拶回りに他の部屋は行った。
でも、肝心な眞琴の部屋には行かなかった。
それが狙いか…
さっき気づいた事だけど、あいつの部屋はうちの隣だった。
まずは両隣に挨拶するのは当たり前。
おかしいと思ったんだ。
姉ちゃんは怒らせると冗談抜きで恐い。
言われた事は大人しく聞いていた方がまし。
男の俺でも、未だに勝てない。
そのぐらい力も喧嘩も強い。
姉ちゃんに言われるがままにするのは、気が進まなかった。
けど、何となくさっきの帰り道は話し足りなかった。
久しぶりに思い出話がしたい。
俺は隣の部屋のドアを叩いた。
ドアが音を立てて、ゆっくりと開いた。
眞琴は少し、迷った表情になった。
晩飯食い始めちまったか?
眞琴はそう言って、部屋に戻って行った。
けれども、十秒も経たないうちに、また部屋から出てきた。
俺の部屋に一緒に入っていくと、母さんと姉ちゃんが眞琴を抱きしめた。
まるで生き別れの家族と再開したかのようだ。
大袈裟な。
四人で飯を食い始めていた所に、親父が帰ってきた。
眞琴がいても、少しも驚くことなく、優しい笑顔を浮かべて歓迎した。
俺たち家族は、アメリカでのおもしろかった事とか、苦労した事とか、とにかくたくさんの話を眞琴に話した。
眞琴も、俺たちが引っ越した後の話をたくさん話してくれた。
小学校の時の、学年一やんちゃだった奴が中学では真面目に委員長やってた話。
小学校の校舎が綺麗になって、棟が一つ増えた話。
結城が、中学の文化祭のクラス発表の劇で、男役をやった話。
どれだけくだらなくて、長い話でも、聞き飽きることはなかった。
楽しく思い出話をしている最中に、母さんが俺に頼み事をしてきた。
ふざけんなよ。
飲み物ぐらい買い足しとけよ。
おい、いい加減増やすなよ。
うちはいつもそうだ。
誰かが一つ頼まれごとをすると、ついでついでって言って頼まれごとを増やす。
俺はいつもこれの被害者。
今回もだ…。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!