あれから幾つかの月日が流れた頃、そよ風の心地よいある日の事…僕はSDに見下ろされながら仰向けに横たわっていた。
『まだまだですね、坊ちゃん』
「くそっ……」
『そのような汚い言葉を教えた覚えはございませんよ』
ニコリと笑ったあなたに対して小さく舌を鳴らし文句を吐けば、彼は片手で口を塞いでくる。呼吸が出来るように鼻は塞いではこないが…思い切り押さえつけられているので噛み付こうにも噛み付けない
『久しぶりに稽古を付けてくれと仰られたので付き合ってみれば……なんですか、この体たらくは』
「っ…」
『…曲がりなりにも悪魔学校の学校警備を任されている教師が無様にも床に横たわり、上を取られて身動きも取れない……さて、坊ちゃん…このような状況になった場合貴方はどうします?』
言われたと同時に塞がれていた口が自由になる。顔を顰める僕とは対照的にあなたは口元にゆるく弧を描き、愉しそうに笑っていた
「どうもこうも……この状況をどうしろってのさ」
『それをお答え下さい』
「…どうせ魔術使ったらアウトなんでしょ」
『体術の稽古だと仰ったのは何方でしたっけ』
「僕だよ!あーもう!!」
堂々と腹の上に腰を下ろされ、横に広げた両腕も腹が立つくらい長い足で押さえ付けられているこの状況……唯一自由な足を使ってどうにかして抜け出せないかと試みるが、彼は僕が動こうとすれば足に力を込めてきた
「い゙っ…!?」
『ん?』
「腕折れるって!!」
『折れません』
「あとお腹潰れる!」
『潰れません』
「ていうか主人の腹の上に堂々と座るSDってどうなの!」
『良くないでしょうね』
「なら下りてよ」
『……分かりました。坊ちゃんは敵に追い詰められても尚そのように甘ったれた事を仰るのですね』
あなたの問い掛けに思わず言葉を詰まらせる。紅い瞳が冷たい色を宿し、彼は腰を上げ呟いた。あなたが退いた事により身体に自由が戻り、身も軽くなった筈なのに……胸の辺りが一気に重たくなる
「…待って」
『……?』
踵を返そうとするあなたの裾を咄嗟に掴み呼び止める。彼は驚いた顔で僕を振り返り、直ぐにその場に膝を着いた
『どうなさいましたか?』
先程とは打って変わって心配そうに歪められた顔…僕を見つめる瞳に冷たい色は無く、代わりに微かな苛立ちが宿っていた
「あなたさ…」
『…』
「悪周期、入ってない?」
言えば、彼は体を強ばらせた。小さく揺れる肩が、細く吐かれる息が、ギュッと瞑られた瞼が……彼の全ての仕草が僕の問いかけに肯定を示す
『…えぇ…仰る通りです………隠していて申し訳ごさいません…』
「良いよ……それならそうと稽古は断ってくれて良かったのに」
『…断れませんよ、貴方の頼みなら尚更』
断れる訳が無い、と呟いた彼は眉間を抑えながら俯いた。深く呼吸を繰り返しながら、あなたはゆっくりと口を開く
『…手荒い真似をしてしまい、申し訳ございませんでした』
「謝らなくて良いってば…僕ももっと早く気付いてあげてれば良かったんだから。抑制剤は飲んでな……あーそういえばこの前僕が飲んで丁度切れちゃったんだっけ………稽古はもう終わりにしよ?終わりでいいよ、付き合ってくれてありがとう…部屋まで戻れる?」
僕が指摘したからなのか、それともとっくに我慢の限界が来ていたのか…あなたはその場に膝を着いたまま立ち上がろうとはしなかった。「大丈夫?」と顔を覗き込めば、欲に塗りつぶされた深紅の瞳が煌々と輝いていた
『…私の事は良いので、坊ちゃんは早くお戻り下さい…』
「何言ってんの、こんな状態のキミを置いて戻れる訳ないだろ。ちょっと待ってて……これから休み貰えるか聞いてみるから」
『…坊ちゃん…』
「何言っても無駄……自業自得だよ。僕に言わずに黙って我慢してた自分を恨むんだね」
恨みがましく呼ばれるが、僕は彼の頭に肩ローブを被せ統括に連絡を入れる。昼休憩中に稽古つけてもらってたから……同じ時間に休憩に入ったダリ先生もまだ昼休憩中の筈……案の定ダリ先生は直ぐにこちらの呼びかけに応答してくれて、事情を話すと数日間の休暇を与えてくれた
「よし、連絡終わり。1週間も休みくれたよ」
『…貴方を休ませたくなかったから隠していたというのに』
「確かにあなたは隠し事するの上手いけど……遅かれ早かれ僕にはバレてたと思うよ」
『……はあ』
「どうせ君の相手をできるのは僕しかいないんだから、諦めて」
押し黙るあなたの腕を引き、直ぐにその場を移動する。人目につかないように、人気のない木々の間をすり抜け、しばらく歩き続ける。飛んでしまえばあっという間に到着出来るが……あなたは羽がないから、僕も一緒に歩いて向かう。日が傾き始めた頃にようやくたどり着いた先にあったのは、障害物も何も無い場所
「……よし、ここなら良いかな」
歩いている間、ずっと握っていたあなたの手は既に熱く、手袋は灰となり消えていた。僕が足を止めると彼も必然的に足を止め、そしてゆっくりと顔を上げる
『…もう……よろしいのですね』
「うん、ここなら誰にも迷惑にならない筈だから」
『そうでは無く…』
「あぁ…僕なら大丈夫だよ。昔は……まぁ、僕もまだまだ未熟だったからキミの熱に灼かれそうになったけど、今なら絶対に大丈夫だから」
ローブを脱ぎ捨て、シャツの袖を捲りあげながら不安そうなあなたに笑顔を向ける。「僕を信じろ」と言えば、彼はほんの少しだけ口元を歪め、自身の目元を右手で覆った
『…では、お言葉に甘えさせて頂きます』
「うん、何時でもいいよ。
僕の炎も、イフリートの炎も……好きなだけ奪えばいい。吐き出されるキミの熱は全部僕が受け止めてあげるから」













編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。