ようやく見つけたあなたは、僕が声をかけると微かに困惑した様子だった。けれどそれはほんの一瞬で、直ぐにいつもの笑みを浮かべて僕の元へと歩み寄ってくる
『申し訳ございません坊ちゃん、少々野暮用を思い出しまして』
呼吸を整えながら彼を見上げ、その言葉に耳を傾ける。野暮用を片付けていたと言っているけど彼が嘘を吐いているのは一目で分かった。あなたは自分で気付いているのかな……キミは僕に嘘を吐くとき…少しだけ申し訳なさそうに眉を下げるんだよ
「…あなた」
『……っ』
僕がポツリと名を呼べば、彼は分かりやすく顔色を変えた。それでもどうにか取り繕おうと笑顔を貼り付けて僕を見つめる。だけど上手く笑えなくて、あなたは静かに顔を逸らした
『……』
「あなた」
『……はい』
もう一度名前を呼べば彼はゆっくりとこちらを向く。僕を捉えるその瞳は怯えた色を宿していて、まるで魔獣の巣に迷い込んだ子どものようにどこか途方に暮れていた
「あのさ」
そんなあなたの手を取り言えば彼は反射的に身を引いた。何時もとはまるで違うあなたの様子に内心動揺しながらも、それを表に出さないように笑顔を作る
「お見合い破談しちゃった」
『…そう…でしたか』
「うん。やっぱり彼女には僕より相応しい悪魔が居たみたい」
『……そうですか』
「……うん」
ホッとしたようで、けれど苦しげな表情のまま僕の言葉に相槌を打つあなたの手を強く握り直す。一歩身を引いている彼はそれに驚いたようだったけれど、僕の手を振り払おうとはしない
「それでさ」
『…はい』
「…え…と」
話そうとすればするほど、頭の中が真っ白になって言葉が出ない……否…言いたいことも聞きたいことも山ほどある。だけどこうしてキミを前にすると、ソレに触れてはならない気がして言葉に詰まってしまう
「それで…さ、お見合いが終わったと思ったらキミが居なくて…探しに来たんだけど、その…野暮用は終わった…?」
『…えぇ、滞りなく。お陰様で全て終えられました』
「そっか…」
『ご心配をおかけして申し訳ございません』
「いいよ……何もなかったなら良いんだ」
『坊ちゃんは大丈夫ですか?』
「え、僕?…僕は大丈夫だよ」
徐ろに問われ大丈夫だと返せば、あなたはほんの少しだけ表情を緩めた。良かった…と零れ落ちた言葉は無意識なのか、彼は自分の腕を掴んでいる僕の手に目を落とす
『…あまりにも強くお掴みになるので、何かあったのかと思いまして』
「あ…あぁ、ごめん、痛かった?」
『いいえ。そういう訳ではございません』
「…なら…良かった」
何が良かったのかと自分で自分に問いかける。彼が遠回しに離して欲しいと言っているのは分かったけど、僕はどうしてもこの手を離せずにいた。今ここで手を離したらあなたがどこかへ行ってしまいそうで……怖くて、離せなかった
『貴方は…』
「…?」
『…坊ちゃんはお優しいですね』
刹那、微かに握り返される手の感触に僕は静かに瞼を伏せる。手袋をした上からでも分かるほど彼の掌は熱かった
「……僕は優しくないよ」
『そんなことございません……坊ちゃんはお優しい方です』
「……ありがと」
優しくない、と言うけれど彼はそれを否定する。埒の明かない言い合いをしても無駄だと素直に受け取ればあなたは柔らかく微笑んだ
『帰りましょうか。あまり遅くなっては寮の皆様が心配なさるかもしれません』
「そうだね、一緒に帰ろう」
握っていた手を離し、あなたと共に教師寮へと帰路に着く。僕の少し後ろをついてくるあなたに時折視線を投げながら、煙草に火をつけ息を吐く
「帰ったらあなたがご飯作ってよ。僕の火を使ってさ……今日はなんだかキミの手料理が食べたい気分なんだ」
『畏まりました…腕によりをかけてお作り致します』
軽く頭を下げたあなたに笑みを返し、胸の中につかえたままの疑問に蓋をする。
「楽しみにしてるよ」
……キミのファミリーネームが…一族が、どういうものなのか、何故ずっと黙っていたのか……聞きたい事は山ほどある。だけどさ、あなたのあの忌々しい使い魔でさえ僕には何も教えてくれなかった……それはつまり、無理矢理聞き出してもただキミを傷付けるだけだということ。あなたを傷付けてまで真相を聞こうだなんて思わない。生きていれば誰にだって、言えない事の一つや二つあるものだ
だから待つよ、キミが自分から教えてくれるまで。何年でも、何十年でも…何百年でも…僕に教えてくれるまで、ずっと使っててあげる
「……ねえ」
『はい、どうなさいましたか?』
「…………いや…なんでもない」
…喉から出かけた言葉を飲み込み、返事をしたあなたに笑顔を返す。彼もまた、それ以上深掘りせずに歩みを再開した
……キミはずっと、僕と一緒に居てくれるよね…あなた
…なんかネタを……ネタをください…













編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。