――――本編太宰side
眼の前には、仲間の皆が血に塗れた姿。
その上には、赤黒い紋章を浮かべた敵。
重要な時に、この無駄によく回る頭は役に立ってはくれない。
なんで?どうして?何があった?
そんな疑問が頭の中を駆け巡る。
その間にも、仲間達…敦君、国木田君、賢治君、谷崎君、鏡花ちゃん…
彼等彼女等の息は、少しずつ…少しずつ、然し着実に潜められていく。
鈍器で殴られたかの様な衝撃が頭を遮ったかと思うと、
簡単にできていた息が………頸を絞められたように、し辛くなった。
血なんて、見慣れていた筈だ。
ヨコハマの街で息をする以上、殺人だなんて云う犯罪行為は
常に隣り合わせで生きているようなもの。
それこそ、あの時代で嫌という程目にしてきた。
………目にしてきた、筈、なのに。
嗚呼、“月日”というものはなんて無情で非道なものか。
……此処迄に、人を変えるのか。
途端に、今迄押し殺してきたものが、溢れてきそうな気がして。
思わず手を強く握り込む。
_____何処からか、聞こえる筈のない声が聞こえた。
何処迄も私は自殺嗜癖で、人間失格な社会不適合者だ。
しかし、こんな私にもまだ其れが残っているのなら。
何故なら、私は太宰治。
元ポートマフィア、歴代最年少幹部の肩書を持つ“裏”の人間。
現武装探偵社員、社の信頼と民草の崇敬を一身に浴する“表”の人間。
_____そんな人間がこんな処でくたばっていちゃあ、
折角、此の舞台を相棒が用意してくれたんだ…
思う存分に楽しんで、負かして、“吠え面を”拝まないと気が済まない!
敦君、国木田君、賢治君、谷崎君、鏡花ちゃんは倒れている。
が、息はある。直ぐに医者に見せれば問題はないだろう。
それに、あの中に与謝野女医はいない。乱歩さんも、社長も。
与謝野女医は一種の防衛線だ。前線に出したら勝率が格段に落ちる。
乱歩さんも、攻撃部隊より援護支援の指示出しの方が向いている。
社長は、非戦闘要員の2人を置いて行くとは思えない。
詰まり3人は今確実に生きていて、3人全員で居る……尚且つ、
現状確認のできる、最も安全な場所にいると考えるのが妥当だろう。
…………ヨコハマで、最も安全な場所。
2人がポートマフィアに居るという事は、自然と社長も居るだろう。
屹度、森さんと一時的な共同戦線の会議でもしているに違いない。
……そうと決まれば、私の遣ることはただ1つ。
けど……
生憎私は肉体派ではない、頭脳派だ。
私の手となり足となって動く、仲間が要る。
最も適するのは…
瞬発力・動体視力・近接攻撃・危機察知の凡てに優れた敦君。
今気絶している彼を起こすには衝撃を与える必要がある。
然し私が触ってしまうと、異能無効化が発動し、
虎の超再生が使えなくなり、敦君が危なくなる。
では物越しに触ってみよう。…………結果は変わらない。
…………却説、如何しよう。
今直ぐポートマフィアに戻って与謝野さんを呼ぶか?
……否、私が居なくなったら此の場所が光の速さで更地と化すだろう。
では、此処で中也と戦うか?
……否、肉弾戦には向いていない……それに異能無効化が有ると雖も、
“瓦礫等の速度による衝撃が抑えられる”というだけで、
“物質のそのものの質量・重力”が無効化出来る訳ではない。
あくまで“異能力が存在している”という前提条件がないと、
所詮此の異能は諸刃の剣、宝の持ち腐れだ。
思考を張り巡らせ、最適解を導き出す。
…皮肉なものだ、大嫌いなあの人の癖がすっかり身についてしまった。
少しばかりの自嘲に耽っていると、
視界の端で、黒刃が蠢いた。
さぁ、手駒も揃った。
少し声を低めにして、言葉を云う。
そして声色を戻し、ポートマフィアの時の様にそう告げる。
私の期待を、絶対に裏切らないね。
いっそ、清々しいくらいだ。
少しの感心と成長を噛み締めていると、瓦礫が此方へと飛んでくる。
羅生門で防ごうとする芥川君を制し、態と頬に掠めた。
一筋の血が頬を滴り落ちる。
一歩前へと歩を進め、滞空する相棒を
嘲るような、挑発するようなそんな瞳で睨みつける。
まァ、それは其れで構わないのだけれど____と軽く言葉を紡ぎ。
そう云い、悪戯っぽく微笑んだ。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!