――――本編敦side 太宰来訪前
皆が来て、戦い始めて、少しの時間が経った。
矢っ張り強い……、けれどそれ以上に気になるのが、
中也さんが狙うのが、僕以外の皆であることだ。
先刻から何度も何度も攻撃を受けているが、何故か僕だけ狙われない。
そのせいで皆の体力だけが摩耗され、浅い怪我が幾つも増えていく。
皆が顔を上げ、空を睨む。
否、正確には滞空している中也さんを……、だが。
___そう、
僕たちの攻撃は一切中也さんには効いていない。
僕の異能で攻撃しようとしても、避けるか防がれてしまう。
相手からの、一方的な破壊。それが戦況の現状だ。
乱歩さんも云っていた通り、白虎の異能は特異だから
其れが関係している……?
思い出せ、乱歩さんが何を云っていたか
暴走段階…即ち、
重力操作のリミッターを外して、力を最大限に使える…あの状態
太宰さんが云うには、その後に副作用の様な形で身体に負荷が係る…
つまり、早く止めないと僕たちだけじゃなく、中也さんも危険だ
破壊衝動に従って動く……そして自我も残らない
中也さんの意思で行われているものではないことは確かだ
……まぁ、其れ迄の過程は彼が行っているものだが……
……破壊衝動に、従って、動く……
そして、彼の意思下で行われているものではない……
……効率を重視している?
乱歩さんが、確か此の後に…
……と云っていた
破壊衝動に従って動くのならば、唯々殺戮の限りを尽くせばいい…
即ち、攻撃手段を1つに絞る必要が無いのだ
つまり、完全に“本能の儘”と云う訳じゃない……?
じゃあ、こう仮定しよう。
『汚濁形態では、本能に従い乍も戦況を見て最適解で動いている』
そうすると、中也さんが僕を攻撃しないのは……
“白虎”の爪が厄介だから…?
……よく思い出してみれば最初の攻撃も、元々は芥川に向いていた。
其処に僕が飛び出していったから僕に当たっただけで、
僕に攻撃するつもりはなかった?
あの時、僕のほうが中也さんに近い位置に居たのに態と芥川を攻撃したのは、自分と相性の悪い異能を後回しにしたかった…?
でも、却って天敵を放置しておくのは危ない筈……
何か別の意図があるのか?あるとしたら一体どんな…
国木田さんたちの切羽詰まった声が耳に届くと同時に、
僕の体は誰かに押され、倒れ込んだ。
___刹那、自分がいた場所には赤黒い閃光が迸り、
その閃光に身を貫かれる、皆の姿があった。
震える手と足を動かして、皆の方へと駆け寄ろうとする。
然し遮る様に僕の正面に現れたのは、砂埃を巻き上げて着地した……
中也さんだった。
中也さんの突き刺す様な鋭い眼光に射抜かれて思い出したのは、
あの場所に居た時の、院長先生。
何度も殴られ、蹴られ、罵倒を浴びせられた日々の事が、
一気にフラッシュバックし、顔から血の気が引いていくのが判った。
そんな恐怖と共に、仲間が倒れているのに動けない自分に嫌気が差す。
そして、中也さんは此方へと歩み寄る。
ザッ…ザッ…と彼が歩いて近付いて来る音が、
僕には死刑宣告のカウントダウンに思えた。
____逃げなきゃ。____
僕の中でそう何かが強く叫ぶ。
気が付けば走り出していた。
虎の脚力を活かし、中也さんと瓦礫を避けて国木田さん達の方へ行く。
そう彼らの名前を呼んでも、返ってくるのは苦しそうな呻き声。
心が締め付けられる。ズキズキと、罅割れそうな位に頭が痛くなった。
僕が、ちゃんと周りを見ていなかったから。
僕が、あの時に中也さんを止められなかったから。
僕が、弱いから。
だから、皆が傷ついて苦しい思いをしている。
……矢っ張り、院長先生の言う通り、僕は…………ッ…
喋るのも辛い筈なのに、鏡花ちゃんは此方を見て話そうとしている。
彼女の此方を見る瞳に宿ったその意志の強さに、僕は口を噤んだ。
視界が滲んできた。
……本当に僕は弱い。
滲んだ視界のほぼ凡てを埋め尽くす、中也さんの姿。
何を思ったか、僕はそれを見て…………
暴力的な迄の美しさに、瞳を奪われた。
そして僕を襲う閃光と体に奔る痛み。
どくんどくん、と
自分の心臓の音が大きく、五月蠅い位に聞こえる。
血が多く出過ぎているせいだろうか……、段々と視界が暗転していく。
鏡花ちゃんが何かを云っている。
今はもう、それがはっきりと聞こえる程に元気はないが……
然し薄れゆく意識の中で僕は確かに見た。虎の力じゃなく、僕自身が。
先刻まで鋭い殺気と悲しい儚さを纏っていた中也さんの表情が、
何処か苦しそうに、自虐的に歪むその瞬間を。
それは、若しかしたら僕の不調が引き起こした幻覚かもしれない。
でも、その苦しそうな顔が……あの頃の自分と重なって見えたのは、
それだけは、気の所為ではない。
そんな確かな、然し為にはならないであろうことだけを覚え、
遠くから仄かに香った……恩師の香りに安堵して、僕は意識を手放した。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。