東と会わなくなって、もう1週間。
病室前に足音が響く度に、また、期待をしてしまう。もうそろそろ来てもいい頃なのに。なんて思っても、何も起こらずに一日は過ぎていく。
こんな気持ち、人に抱いたことなど1度もなかった。いつも一人で生きてきた自分は、人に頼ることを知らない。
「もしもこの呪縛から解き放たれたら」
ノートにそこまで書いて、手を止める。
なんだか薄っぺらいラブソングになりそうな気がして、ふと消しゴムを持ち上げる。
と、その時だった。
誰かが檜谷の病室の前で足を止めた。
その筋肉質な体は、
その180もあろうかと思われる体は、
急に、檜谷の鼓動が早くなる。
どういう顔をすれば────
慌てて、またいつものように笑顔を取り繕う。まだ、まだ違う。直樹とはただの親友以上の関係。リア充を満喫したいから、付き合ってるだけだ。
そう自分に言い聞かせて、必死に感情を隠した。
でも、と呟いて口を噤む。
…出来れば本心は口にしたくなかった。直樹に忖度してると思われるかもしれなかったし、なにより自分がおかしくなりそうでなかなか声に出せなかった。
しかし、言ってしまった手前、続けるしか無かった。
直樹が少し顔を俯ける。
俺は感じていた。また「ごめん」って言うのだろうと。
付き合い始めてから、というか俺が入院してから、直樹はいつも謝ってばかりいる。俺が病人だから心配させたくないだけかもしれないけど、正直あまり好きではない。
今まで沢山喧嘩して、本気でぶつかり合ってきた仲だ。思い切り自分の言いたいことを言えばいいのに、直樹の口から出てくるのはいつも、感情の埋め合わせみたいな「ごめん」。それに俺は、微かな違和感を感じていた。
だから今日くらいは、せめて手を握るとか、してくれればいいのにって。
でも、やっぱ駄目なんだなって。
そう思ってた。
だけど────
直樹はゆっくりとこちらに歩み寄ると、ぐっと唇をかみ締めて、そのまま、
ふわりと、俺を抱き寄せた。
まるで俺をなだめるように、壊れ物を傷つけないように体を寄せる。大きくて黒くなった片方の手を腰にまわし、もう片方で俺の頭を、患部に触れぬようゆっくりと、繊細に撫でる。Tシャツの僅かな洗剤の匂いが、俺の鼻腔をくすぐった。
直樹は、「ごめん」なんて言わなかった。
それだけで、ドキドキした。
あぁ俺は愛されてるんだな、って思った。
けど、
直樹の背中に手をまわすことは、出来なかった。
俺は、直樹が嫌いだ。嫌いにならないと──
自分が、おかしくなるから────
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。