いつだったか、小耳に挟んだことがある。
橋の向こうはあの世なのだと。
犬堂家にあった、我路さんの描いた絵も橋の絵だった。
夢を見た。夢なのかも分からない。不思議な記憶。
夢の中で、我路さんがキャンパスに向かって絵を描いていると、安珠さんが絵を覗き込んでいっていた。
我路さんは生返事をして真剣に筆を動かしている。すると、安珠さんがいきなり後ろから抱きついた。
身動きできない我路さんの耳元に囁く。
あまりにも安珠さんらしくて、私はクスッと笑ってしまった──。
犬堂家にあった、我路さんの描いた絵も橋の絵だった。
安珠さんは一人で渡ったのだろうか。
寂しくはなかったんだろうか。
わからない。もう、安珠さんには何も聞けないんだから。
せめて、地獄の番人が、安珠さんを女王のように迎え入れてくれるのを願うばかりだ。
ゆらゆら、ゆらゆら、自分の身体が揺れているのを感じる。
意識はだんだんはっきりしてきているのに、体は動かない。レザーの若干ツルツルとした触感と、シトラスの香水の香りが頬を刺激する。
うっすら目を開けてみると、ハヤさんに横抱きされていた。
ジュートの時に嗅がされた薬品のせいか、少し声が出しづらい。
薬のせいだろうか、涙腺が崩壊し始めている気がする。
ぼろぼろと大粒の涙がこぼれ始める。
急に泣き出した私を地面に下ろし、涙を拭う。
私の顔は涙と鼻水でぐしょぐしょだ。
きっととてもブサイクな顔をしているのだろう。
泣き止もうと袖でぐしぐし擦っていたら手首を取られて片手で纏められ、膝に置かれた。
頬に手を滑らせ目尻をスリスリと撫でてくる。
顔を隠そうとしてもハヤさんに手を抑えられているので動かせない。
耳をスリスリされて思わず出てしまった声が喘ぎ声みたいだった。すごい恥ずかしい。
ハヤさんは少し驚いた顔をしていたけど、そのあとくくっと笑いを噛み殺して言った。
可愛いといった顔が、いつになく優しくて、そのまま顔が近づいてきて、キス、を──
されるわけもなく、ハヤさんのレザーの上着の肩あたりに顔を埋められ、頭を撫でられた。
キス待ち顔しちゃったじゃん……!!!
ああでも、この匂い、落ち着く………
最後の最後、意識が完全になくなる前、唇の端に柔らかいものが当たった………気がした。













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!