手が震える
自分が自分でなくなる
知っている
過去の栄華が、記憶を取り戻す度に人格を蝕む
それでも蝕む人格すら、私とあまり変わりが無いと言ったら嘘では無い
元は私は悪魔ですらなくて
魔神イフリートにちょこっと因縁があるだけの魔神だから
ちょっと前まで、人格の混同が問題だったのに
今や、過去に蝕まれて
一体なんだってんだ
くすっと笑いが溢れている事実に鳥肌が立つ
コレが昔の私だった
なんで私が循環なんかしなきゃいけなかったんだよ
またアレスタは循環しようとしているし
本当に困った弟だ
実家に帰ったら1発ぶん殴ってやらないと気が済まない
魔法が解除された今
少々元祖返りした思考に理性のブレーキをかける
部屋のテーブルにあるグラスが手元に飛んできて収まった瞬間に握り潰される
ガラス片が浮いて、グラスの形を再度取り戻す
カルエゴ卿らはウォルターパークのホテルで泊まっているが
私は次の日には予定があるという理由でさっさと帰ってきた
心の中で無駄に発生する破壊衝動を、手の中に収まるグラスで処理する
ガシャン、バキッと、音を立ててグラスが割れて、すぐに家系能力でもとの形を作り直す
最近はそんなデカイ事件があった訳でもないし、仕事が立て込んでいた訳でもないのだが
こんなにも変な衝動があるのは、循環のせいだと言っていいのだろうか
まだ日も暮れていない
そのうち、悪魔の子が私を呼びに来る
夕食だと声をかけに来る
今日は、食べない方が身のためだろう
きっと、暖かな夕食を冷たいものに、汚いものに変えてしまう
タバコを箱から出して、火をつける
ベランダの縁に手をついて、沈もうとする日を眺める
重たい煙が肺の中を満たしていく
優しいエイトの声
肩に伸びるエイトの手を小さな1センチ程の空気の箱で伸びてきた手の軌道を逸らす
こんな自制もできない時に触れられると
非常に困る
後ろを見れば
エイトを守るようにして、私に威嚇をする
イフリートの姿があった
流石魔神の力だ
元の魔神に染み付いた本能と事情をよく知っている
そう諭そうが、イフリートは威嚇したまんま
エイトは何も分かってなさそうだった
目を伏せて、ベランダの奥へと視線を移す
戯れ…ねぇ…
戯言も程々にしなくちゃいけない
私とアレスタと魔神イフリートの因縁
地獄
亀裂
そして対面拒否
1番魔神という存在を嫌ったのはアレスタで、1番距離を置いていたのは私だった
だから、悪魔と姿を寄せて、悪魔の中に溶け込んだというのに
こんな形で威嚇されるだなんてね
少し前まで大丈夫だったのに
私が記憶を取り戻して行くからだろうか
それが、お互い傷つく原因になるからだろうか
正味どうでもいい
私が例え魔神と距離を取ろうが、当分はここに居なきゃいけない契約である
カタカタと机の上に置かれたグラスが動いている音がする
そして、そのまま、バキッと音を立ててグラスが割れる
やめよう
こんな暴走
表情は見えない
見ない
見ようとしない
見たくない
ただ、ゆったり流れる時の中
日が沈むのを私は立ち上る煙のフィルター越しに
ただ、見ていた
何秒かの葛藤の音の後、引き返す音が鳴った
扉が閉まる音がして、私はベランダにもたれかかって、顔を埋める
エイトのイフリートが、私を敵に回すようになった
私が私でなくなった
確固たる証拠かもしれない
私は軽く会釈して、その場を離れる
離れる私を背に、オリアス先生が思い出したように呟いたのを私は聞き逃さなかった
休んでたら変に頭おかしくなるから仕事することにしたんだよ
なんて
言える訳もなく
ただ、忙殺される日々に身を投じることにしたのだ
キリヲの脱走の件
イルマくんの保護
やることは山積みだ













編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!