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第30話

表はホテル、裏は取引
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2026/03/01 01:00 更新
有栖 翠
いやー
助かった〜
そう言って隣を歩く有栖は、そう呑気に頭の後ろで手を組んでいた。
私はそれにため息を一つこぼす。
あなた
私が生贄身代わりになるって言いましたしね
いつ交わした、どうでもいいような会話を思い出しながら口を開く。
有栖 翠
そうだよ〜
だから君に任せたのに
有栖は一瞬だけ口を尖らせ、
すぐに肩をすくめる。

どこか拗ねた仕草なのに、
その顔は隠しきれない楽しげな色が滲んでいた。

私は有栖の様子に、ハテナを浮かべたまま、
その声に耳を傾ける。
有栖 翠
なんで僕まで説教されなきゃいけなかったんだよ〜
そうブツクサ呟く有栖は、わざとらしくこちらを見る。

それを横目に、私は今回の仕事依頼の報酬について考えていた。

迅さんからは「報酬ははずむ」と言われた。

けれど、別にお金が欲しいわけではない。

というより、金だけで済ませようとするのは、
殺しを生業にしている人間はそれ以外も要求することがある。

もちろん金だけで納得する殺し屋もいる。

けれど私は、もっと有益で後に繋がるもの_________
「情報」や「勧誘」といった取引の方が、よほど魅力的に思えた。
有栖 翠
ところでさ〜
今日のお客様って何した人なの〜?
すると、再度隣から声がかかる。

視線だけ向けると、有栖は首を傾げ、
こちらを覗き込むように見ていた。

その瞳は好奇心に満ちていて、どこか無邪気だ。

________今日の”お客サマ”。

それはある暴力団に情報を売っていた人物。

その名はリストに載っていたから見覚えがあった。

お客サマの能力は優秀。

頭も切れる。

だが、その一方で女遊びはひどいという噂を聞いたことがあった。

そして今回、私たちが上司に許された理由もそこにあった。


________「手を焼いていた人物だったからね」

________「腕は買っていたけど...いなくなっても支障はほとんどないさ」


上司の淡々とした言葉が、脳裏をよぎる。
有栖 翠
それより、もう仕事終わったんだから
敬語やめなよ〜
きもちわるいから〜
あなた
...はぁ
_________早く帰りたい

_________帰って晴と一緒にご飯を食べたい


そう思ったが、家には有栖もいる。

もう一度、大きなため息を吐き出した。
プルルルルプルルルルプッ_________________


耳元で甲高い電子音が鳴り響き、日曜日の朝の静けさを乱した。

重たい瞼をうっすら開ける。

枕元のスマートフォンを手に取り、ホーム画面を覗く。

時刻は午前11時。

カーテンの隙間から差し込む光が、
部屋の埃をきらきらと浮かび上がらせていた。

そして画面に表示された見覚えのある名前が瞳に映し出される。

欠伸を一つこぼし、眠い目を擦る。

隣では、晴と有栖が、規則正しい寝息を立てていた。

起こさないよう慎重に布団を持ち上げる。

床に足をつける感覚を確かめ、私は廊下へと出た。
あなた
もしもし...
迅 悠一
『ワァ...
寝起きだね』
耳元から聞こえてきた迅さんの声は、
どこか気の抜けた笑いを含んでいる。

私はそれに、掠れた声を出すことしかできなかった。

頭はまだ完全には働いていない。

こんな時間_________といってももう昼前。

街はとっくに目を覚ましている時間帯。

何度も時計を見た記憶があるのに、
体は起きあがろうとはしなかった。

できることなら、休みの日ぐらい昼過ぎまで寝ていたいのが本音だった。

それにしても、迅さんが私の電話にかけてくるのは珍しい。

私はスマートフォンを耳に押し当てたまま、
リビングへ向かい、ソファに体重を預けた。
あなた
...どうしたんですか?
こんな時間に
笑い声を含んだ声を受け流し、私は早々に本題を促した。
迅 悠一
『...依頼、受けてくれたかな
と思って』
静かにそう言葉を紡いだ迅さんの声は、
いつもよりわずかに低く、
どこか輪郭を失ったように弱弱しかった。

窓から差し込む午後の光が、
浮いた埃を浮かび上がらせている。

その声をよそに、私は迅さんへ、
喉奥までせり上がっていた言葉を投げかけようと口を開く。
あなた
...迅さんは未来が視える人、でしたよね?
自分でも驚くほど静かな声だった。

問いかけというより、確認に近い響き。

いつかの会話が脳裏をかすめる。

あの日の胡散臭い笑み、冗談めいた口調。

けれど返ってきたのは___________
迅 悠一
『...』
沈黙だった。

壁掛けの時計秒針の音が、やけに大きく耳に響く。

この沈黙を破らなければ。

そう思い、背筋を自然と伸ばす。

寝巻きの布地が擦れる小さな音が、
シンとしたこのリビングに大きく響き渡った。
あなた
仕事は確かに受けました
今は報酬を考えていたところです
接客の時しか使わない、よそ行きの丁寧な口調。

自分でもわかるほど、感情を削ぎ落とした声だった。

それでも、今の迅さんには他人行儀のような、
距離を保つような、そんな態度の方が接しやすい。

そう考え、私は丁寧口調で言葉を紡ぐ。

そして、しばらくの沈黙の後、迅さんは徐に口を開いた。
迅 悠一
『じゃあ、おれも共犯者ってわけだ』
あなた
...
今度は私が黙る番だった。

迅さんに依頼をされ、
それを実行したのは紛れもなく私。

側から見れば、共犯者と言われてもおかしくない状況。

その単語を頭の中で転がしてみる。

________「共犯者」

微かに鉄の匂いが鼻を掠めた気がした。

けれど、その言葉は迅さんには似合わない。

迅さんにはもっと似合う称号があるはずだ。

汚れるなら、社会の汚い部分を見るのなら、
すでに真っ黒に染まってしまった自分たちでだけで十分だと。
あなた
これは...ただの独り言なのですが、
今回の”お客様”は当ホテルのリストに載っていた人物
リストとは、表と裏がある。

表は宿泊者専用リスト。

革張りのファイルに整然と並ぶ、無害な名前たち。

そして裏。

厳重に保管され、指紋一つ残らない紙。

”お客サマ”専用リスト。

そこに、今回の”お客サマ”の名前があった。

これが意味すること。

つまりは______________
あなた
結局は始末される人物だったというわけです
その言葉に、なぜか胸の奥が軋む音が聞こえた。
迅 悠一
『...』
ただ、沈黙だけが、私を迎え入れる。
あなた
上司も近々接待するとのご予定でしたので、
今回の件は警察と協力したそうです。
淡々と説明しながら、スマホを握る手に力が入る。

上司の予定を管理するのは、
本来、上司の横で控えている秘書の役目だ。

けれど、見習いという立ち場を借りて、
私はその予定長に触れることを許されていた。

整然と並ぶ文字の中に、
確かにそう記されていた一文を、
私は記憶の戸棚から引っ張り出す。
あなた
何が言いたいかと言いますと...
こちらが全責任を持つ、とのことです
電話越しに、少し間を置いて告げる。
電話の向こうは静まり返っているはずなのに、
こちらの鼓動だけがやけに大きく聞こえた。

__________全責任。

その言葉を飲み込むように迅さんは一つ「うん」と頷く。

迅さんは罪を問われることを恐れているわけではない。

人を殺めてしまったという事実そのものを、
嫌っているのだと。

私は迅さんの少ない情報から読み取る。
あなた
迅さんは部外者...ということで処理されております
迅さんを庇うわけではない。

けれど迅さんには「人を救う側」に立っていてほしい。

会ってまだ日が浅い。

それでも、そう思わせる何かが、あの人にはある。
迅 悠一
『そ、っかー...』
少し遅れて返ってきたその声は、
どこか力が抜けていた。

電話越しで姿は見えない。

けれど、きっと肩をすくめるように笑っているのだろう。

そう、想像できた。

その声を確かめ、私は一つ、
胸に引っかかっていたことを口にする。
あなた
ところで...ボーダーが
こんな関係ないことに
首を突っ込んでいる理由を
お聞きしてもよろしいでしょうか?
純粋に疑問だった。

なぜ裏稼業の私に頼る必要があるのか。

なぜ危険を冒してまであの少女を助けようとしたのか。

何も見ないで、知らないでいれば、
危険とは無縁でいられただろう。

よほどの理由はない限り、
私たち、「コンシェルジュ」に依頼などしない。

だからこそ、私は問いかけた。
迅 悠一
『あー...
まあ、君になら教えてもいいかな』
低く伸びる声に、吐息が混じる。
迅 悠一
『実は君が会った女子生徒、
うちがスカウトした子なんだよね』
あなた
...
...そういうことか。

言葉には出さない。

けれど点と点が繋がっていく。

____________「しかもその子将来有望でね〜」

さっきまで沈んだ声音とは別人のようだった。

そして私はその声音を確認し、
ほっとしたように肩の力を抜く。
あなた
私の今回の選択は正解...
と言ってもいいんじゃないでしょうか
目を伏せ、そう笑う私を、影から見ていた晴と有栖に気づかないまま
そう言葉を紡いだ。

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