第37話

第三十五話
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2025/11/18 09:28 更新
 市場の奥では、
 手に奇妙な針を持った売人たちが囁き合っていた。
モブ
黒縫いの欠片が新しく入ったらしいぜ
モブ
残響者(エコーズ)が何か動いてるってよ
モブ
公安の裏切り者を見たって噂だ
田村美菜
……先輩。あなた、黒縫いと何か関係あるんですか?
一ノ瀬透
…ない。
少なくとも、自分では覚えがない
田村美菜
“覚えがない”って言い方、逆に怪しいんですけど
 透は肩をすくめた。 

(……本当に覚えがないんだよ)
三鷹陽太
先輩が黒縫いと繋がりがあるわけないだろ!
クロノス先輩は俺のヒーローなんで!!
一ノ瀬透
いや、ヒーローでもないけどな……
 そんなやり取りの最中──
 乾いた雷鳴が、空洞に響いた。 

 光の柱が、目の前に落ちる。

 そして姿を現したのは──
 黒いコートを翻し、雷針を軽く肩に担ぐ青年。

おいおい。
CランクとBランクのガキが市場に迷い込むとか、どういう冗談だよ?
 透の背筋が強張った。

 Aランク雷スティチャー・ヴォルト。

 その名は、公安でも危険人物リスト上位だ。
 陽太がビビりまくる。
三鷹陽太
えっ…ヤバいっす!
破砕の雷哭、ヴォルト!!
あの“人体帯電”の……!
いかにも厨二が考えたような呼び名に、戸惑いを隠さずにいると、隣の美菜は静かに拳を握った。
田村美菜
ッあの人とは関わらない方が…!
ヴォルト
……お前だな。“双杖のクロノス”
一ノ瀬透
その呼び名、誰が
ヴォルト
裏社会じゃ有名だぞ?
“黒縫いの影を持つ双杖少年”ってな
(……なんだよそれ)

 カイトの雷が揺れた瞬間──
 市場の奥から、女が歩き出してきた。

 白い髪に、赤い瞳。

 どこか透き通った存在感。
やめなさい、ヴォルト。
興味本位で動くと、記憶が飛ぶわよ?
美菜の顔色が変わる。
田村美菜
……イヴ。黒縫いの工作員……!
イヴ
久しぶりね、透くん
一ノ瀬透
誰?
イヴ
んふふ。覚えてなくていいのよ。
あなたの“記憶”は、私が縫ってあげたんだから
 意味が分からず、心臓が跳ね上がる。

(こいつ……記憶改ざんの能力……!)

 イヴは透の頬に触れようとした。
イヴ
さあ……返して。あなたの“元の形”
 触れられた瞬間──
 透の視界が白く弾けた。
 景色が揺らぎ、
 市場の中心に設置された古いステージが光った。
 スピーカーのような金属塊が唸り、
 電子声が響く。


《公安は嘘をついている。
 黒縫いは“敵”ではない。
 本当の敵は──“最初の縫写者”》


 透の心臓が跳ね上がる。
一ノ瀬透
最初の縫写者……?
それって……
田村美菜
それ、禁忌情報のはず……。
誰にも教えられないレベルなのに……!
三鷹陽太
先輩……どうなってるんすか……!
 その時だった。
 ステージの上に──
 黒い“子どもの影”が立っていた。

 白いワンピース。
 長い黒髪。
 透の呼吸が止まる。

(……灯……?)

 影がこちらを向く。
 歪んだ声が、透の心を引き裂く。
お兄ちゃん
 透は思わず一歩踏み出した。
 美菜が叫ぶ。
田村美菜
ダメです!! 
それは……“幻糸(ファントム)”!!
 透の視界の中で、灯の影が微笑む。
お兄ちゃん。
ずっと………
まってたよ
 針が、ポケットの中で震えた。

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