蝉の声がやまない。
ねっとりとした空気が肌にまとわりついて、夕暮れの茜色が街を染めていた。
私は、あの夏の終わりを知っていた。
けれど、どうしようもなかった。
***
「あなた!」
莉犬の声がする。
昔から変わらない、どこか無邪気で、それでいて必死な声。
「…莉犬?」
振り返ると、息を切らした莉犬がいた。
汗ばんだ額、焦りを含んだ赤い瞳。
「逃げよう」
彼はそう言った。
意味がわからなかった。
「え…?」
「りけんが…死んだ」
***
遡ること、数日前。
「あなた~、ジュース奢ってくんない?」
りけんはそんなことを言いながら、コンビニの自動販売機の前でヘラヘラ笑っていた。
いつも通り、ダメ人間っぷりを発揮して、私と莉犬にたかる。
「はぁ?また?自分で買えば?」
呆れながらも、結局私は財布を取り出す。
こんなの、もう何回目だろう。
莉犬はそんなりけんを見て、ふっと笑った。
「お前、ほんと調子いいよな」
「それが俺のいいところ~」
りけんは、そう言って笑っていた。
あの時は、いつもの夏が続くと思っていた。
けれど、それは違った。
***
「莉犬…どういうこと?」
「……俺が、殺した」
莉犬の声は震えていた。
けれど、その瞳には涙はなかった。
「嘘でしょ…?だって…」
「あなた、お願いだから、逃げよう」
莉犬が私の手を掴む。
震えていた。冷たい指先が、私の肌に食い込む。
「なんで…?なんで、そんなことしたの?」
「……わかんねぇよ。俺だって、わかんねぇよ…!」
莉犬は叫んだ。
彼の肩は小刻みに震えていて、いつもの彼じゃなかった。
「俺、アイツのこと、嫌いだったのかもしれない」
そう言った莉犬の表情は、私の知る莉犬じゃなかった。
けれど、その瞳はどこまでも孤独だった。
私は、彼の手を強く握り返した。
「……逃げないよ」
「あなた…?」
「私は、莉犬と一緒にいる」
莉犬の瞳が揺れる。
「……そんなこと言うなよ…」
彼は、泣きそうな顔で笑った。
***
夏は、終わりを迎えた。
りけんは、もういない。
莉犬は、罪を背負った。
私は、何もできなかった。
けれど、それでも。
「…行こう、莉犬」
「……あぁ」
手を繋いで、私たちは、あの夏を置き去りにした。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!