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第1話

𝟘𝟙
54
2025/03/24 12:12 更新
蝉の声がやまない。
ねっとりとした空気が肌にまとわりついて、夕暮れの茜色が街を染めていた。

私は、あの夏の終わりを知っていた。
けれど、どうしようもなかった。

***

「あなた!」

莉犬の声がする。
昔から変わらない、どこか無邪気で、それでいて必死な声。

「…莉犬?」

振り返ると、息を切らした莉犬がいた。
汗ばんだ額、焦りを含んだ赤い瞳。

「逃げよう」

彼はそう言った。
意味がわからなかった。

「え…?」

「りけんが…死んだ」

***

遡ること、数日前。

「あなた~、ジュース奢ってくんない?」

りけんはそんなことを言いながら、コンビニの自動販売機の前でヘラヘラ笑っていた。
いつも通り、ダメ人間っぷりを発揮して、私と莉犬にたかる。

「はぁ?また?自分で買えば?」

呆れながらも、結局私は財布を取り出す。
こんなの、もう何回目だろう。

莉犬はそんなりけんを見て、ふっと笑った。
「お前、ほんと調子いいよな」

「それが俺のいいところ~」

りけんは、そう言って笑っていた。

あの時は、いつもの夏が続くと思っていた。
けれど、それは違った。

***

「莉犬…どういうこと?」

「……俺が、殺した」

莉犬の声は震えていた。
けれど、その瞳には涙はなかった。

「嘘でしょ…?だって…」

「あなた、お願いだから、逃げよう」

莉犬が私の手を掴む。
震えていた。冷たい指先が、私の肌に食い込む。

「なんで…?なんで、そんなことしたの?」

「……わかんねぇよ。俺だって、わかんねぇよ…!」

莉犬は叫んだ。
彼の肩は小刻みに震えていて、いつもの彼じゃなかった。

「俺、アイツのこと、嫌いだったのかもしれない」

そう言った莉犬の表情は、私の知る莉犬じゃなかった。
けれど、その瞳はどこまでも孤独だった。

私は、彼の手を強く握り返した。

「……逃げないよ」

「あなた…?」

「私は、莉犬と一緒にいる」

莉犬の瞳が揺れる。

「……そんなこと言うなよ…」

彼は、泣きそうな顔で笑った。

***

夏は、終わりを迎えた。

りけんは、もういない。
莉犬は、罪を背負った。
私は、何もできなかった。

けれど、それでも。

「…行こう、莉犬」

「……あぁ」

手を繋いで、私たちは、あの夏を置き去りにした。

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