一瞬の出来事だった。
背後からフードを被った男が出てきて、櫻木さんを刺した。
男はフードを外して言った。
沈黙を破ったのは、櫻木さんだった。
あまり動かないで、そう言おうとしたとき、櫻木さんはそれを無視して、謎の男に言い放った。
男は一瞬鋭い視線を櫻木さんに向けて言った。
それから、胡散臭い笑みを浮かべて、
心底嫌気が差した。
こんな人間が自分の父親だなんて信じられないし、信じたくもなかった。
漆坂は私と櫻木さんに視線を移して言った。
漆坂はきょとんとしてから、笑いながら続けた。
あの後、櫻木さんが救急車で病院に運ばれて行って、死亡が確認された。
警察の事情聴取は、私がまともに話せない状態だったため、後日行われることとなった。
きっと森さん辺りが適当に断ってくれるだろう。
私は漆坂の言葉について考えていた。
一体いつからだろう。
彼奴は自分が私の父親だと言った。
それを信じるのなら、きっと…
そうだ、お母さんは事故死だと私に伝えたのは顔もなにも覚えていない父親だった。
次は、孤児院で私と仲良くしてくれたあの子。
事件に巻き込まれた、と桜木さんは言っていた。
事件の犯人は捕まったとも聞いた。
でも、漆坂の指示だったとしたら?
とんでもない脅しをして忠実な部下を作るなんて、彼奴には造作もないことだろう。
そして櫻木さん。
この事については、私がこの目ではっきり見た。
櫻木さんは漆坂に刺されて亡くなった。
確証はない。
だが調べる価値はある。
編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!