前の話
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桜の舞い散る今日。いつかこの日が来ることはずっと分かっていた。
見ないふりをしていたのは、他の誰でもない俺自身なのだ。
「…夜久さん」
卒業式。といっても、俺のではなく3年の先輩たちの晴れ舞台。
じゃあなんでこんなに胸が苦しいのかって言うと、俺がその先輩に片想いをしていたから。
ぽつりと目の前の大切な名前を呼ぶと、胸に花の飾りをつけた愛しい先輩がくるり、振り向いた。
「リエーフ、そんな泣きそうな顔すんなよ」
別に、初恋って訳じゃない。でも、今の俺は小学生のときに可愛い女の子に恋したり、バレンタインチョコをたくさん貰って喜んだりしてた頃とは違うんだなって思った(ちなみに今でもチョコはたくさん貰える)。
俺と夜久さんはただの先輩と後輩で、レシーブ練めっちゃさせてくる先輩で、
厳しい先輩で、怒ったらめっちゃ蹴ってくる先輩で。
俺よりちっちゃい身体でコートを駆け回って、見惚れるほど綺麗なフォームでボールを受ける先輩で、
俺が、いちばん尊敬してた先輩で。
俺は1年間ずっと夜久さんにくっついて、ちょっとでも気を引きたくて一生懸命話しかけた。
苦手なレシーブだって結構頑張ったし、俺、偉くないですか、夜久さん。
別に可愛くない後輩だと思われててもよかった。男同士で、そんなふうにも見てもらえなくてもよかった。
一緒に居れたら、それだけで1日幸せだった。
涙が溢れる。視界が滲む。
「…やぐさん、いままで、ありがとうございました」
「…顔面ぐちゃぐちゃ。ほら」
そう言ってポケットティッシュをくれる夜久さん。
優しい夜久さん。俺は顔を拭う。
そんな俺を見て何かおかしかったのか、夜久さんはちょっと笑って、ちょっとしゃがめ、って言った。
「髪、花びらついてる」
ふわり。夜久さんの見た目に反して少しごつごつした手が髪を撫ぜて、頭に付いてたらしい花びらをつまんだ。また泣いちゃいそうだった。
そんな俺をよそに、夜久さんは言葉を紡ぐ。
「…もう会えなくなる訳じゃないだろ、リエーフ」
そう言って一呼吸。
「俺が大学行っても、無遠慮に会いに来いよ。お前、俺のこと大好きだろ」
顔が真っ赤に染まっていく感覚がした。気がする。
俺の息、止まっちゃったのかなって思った。心臓は真逆にどくどく鳴ってすごくうるさかった。
がちがちに固まった俺を見て笑った夜久さんに言葉を返せたのは、何度かの深呼吸をしてからだった。
「……気付いてたんですか?」
「当たり前だろ。分かり易かった」
すでに真っ赤な顔を、さらに赤く紅潮させた(であろう)俺の顔を見て、夜久さんはまた笑った。
綺麗な笑顔だな、って思った。
「お前は可愛い後輩だ」
ずび、鼻をすする。夜久さんは、全部知ってるみたいに、俺の欲しかった言葉を言ってくれた。
「俺、お前に厳しくしてる自覚あったよ。何回も蹴り入れてるし、レシーブ練はもうちょっと頑張ってほしいけど。何度も怒ったし、ちょっと思ったこともあった。あー俺、リエーフに嫌われてんじゃないかな、って。」
そこまで言って、くす、と笑った。
「なのに、こんだけ厳しくしてんのに、なんで俺に絡んでくるのかなって最初は思ってた。でもしばらくして、ちょっとお前のこと分かった気がしたんだ。
犬みたいに俺の近くにひっついてきて、俺の名前呼んで笑いかけてくれるお前のこと、可愛いと思わないほど、荒んだ心は持ってねーよ。」
もっと早く、俺から言い出せばよかった。そしたら今日、お前を泣かせることもなかった。夜久さんはそう言って、しゃがんだまんまの俺の頭を撫でた。
心臓が鐘を打ってるみたいだった。
俺に優しく微笑みかけてくれてる夜久さんの姿が、あまりにも珍しくって(自分でも少し悲しい)、もう、涙は引っ込んでしまった。柔らかな春風が、肌をすべっていった。
「…それって、それって、夜久さん!」
俺、期待してもいいんですか。
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happy end












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。