INIとしての活動は順調そのものだった。
新曲はチャートを駆け上がり、ファンミーティングも即日完売。
日本、韓国、アジア各国でのステージが次々と決まり、まさに飛ぶ鳥を落とす勢い。
でも――忙しさの裏で、ふたりの心は少しずつ揺れ始めていた。
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「ねえ、京介。最近さ……どこか、無理してない?」
控室で、タオルを首にかけながら大夢が尋ねた。
モニター越しに見たパフォーマンスは、完璧だった。
でも、その笑顔がどこか“貼りつけたもの”に見えた。
京介は一瞬だけ目を伏せてから、小さく笑った。
「……気づいてた?」
「そりゃ気づくよ。だって俺、誰よりお前の声も顔も、知ってるから」
「……やばいな、俺。大夢に心読まれまくってる」
「それくらい、近くにいたんだよ」
「……うん、そうだね」
少し沈黙したあと、京介はぽつりとつぶやいた。
「最近、自分が自分じゃないみたいな瞬間があるんだ」
「え?」
「周りの期待に応えなきゃって思うとさ、“藤牧京介”って名前に追いつかなきゃって必死になって……」
「……そっか」
「大夢は? お前も大変だろ」
「俺は……たぶん、京介が隣にいないと、自分を見失いそうになるんだ」
ふたりは黙って見つめ合った。
音のない空気の中で、感情だけが膨らんでいく。
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その夜、大夢は思い切ってひとつの言葉を口にした。
「ねぇ、京介」
「ん?」
「……俺さ、好きなんだ。お前のこと」
京介の目が大きく見開かれた。
「……え?」
「わかってたでしょ? ずっと。それでも、ちゃんと言葉にしたかった」
京介はしばらく何も言わず、ただ大夢の顔を見ていた。
そのまっすぐすぎる想いに、どう返せばいいかわからなかった。
「……ごめん、大夢。俺も、好き。大好きだよ」
そう言った瞬間、ふたりの間にあった空気がほどけた。
そして静かに、京介が一歩近づいて、肩をそっと抱き寄せた。
「好きって言葉だけじゃ、足りないくらい。お前といると、俺、弱くも強くもなれるんだ」
「俺も。京介といると、前に進める気がするんだ」
「じゃあさ、これからも……一緒にいてくれる?」
「……もちろん」
約束のように、ふたりは小さく指を絡めた。
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だが、それでも現実は待ってくれない。
翌週、INIは世界ツアーを控え、さらに過密なスケジュールへと突入していった。
すれ違いの時間がまた少しずつ増え、連絡もままならなくなる日もあった。
「今日、藤牧さんロケ3本入ってます」
「髙塚さん、歌番組の前にソロインタビューが追加で入りました」
それぞれの名前が、別々のスケジュール表に並んでいく。
「……なんか、また会えなくなってきたね」
「でも、俺たち……大丈夫だよね?」
「……うん、信じてる」
笑いながら言い合ったけど、どこか胸の奥がざわついていた。
(“好き”だけで、この忙しさに耐えられるのか――)
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数日後、地方でのライブリハーサル終わり。
ふたりは久々にホテルの廊下でばったり出会った。
「あ……」
「……大夢」
一瞬の間を置いて、どちらからともなく歩み寄る。
「……声、聴きたかった」
「顔、見たかった」
「ちゃんと食べてた?」
「寝てないけど、食べてはいた」
「俺も」
ふたりは、苦笑いしながら見つめ合った。
「……会えなくても、こうしてすぐ“戻れる”のが、俺たちらしいね」
「うん。やっぱ似た者同士だな」
「じゃあさ、これからもお互いを“戻れる場所”にしようよ」
「……うん。好き、だけじゃなくて、“支え”ってやつにも、なりたいんだ」
そう言って、大夢はそっと京介の手を取った。
「君の声が、僕を強くするように――俺も、お前の光になりたい」
「……バカ、泣かせるなよ」
静かに、ふたりの手がぎゅっと結ばれる。
夜の廊下、優しい沈黙の中で、ふたりの心が確かに重なった。












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!