第4話

伝えられなくて
57
2024/03/23 08:00
アドラ寮、廊下
レモン
あの、マッシュくん。急にどうして私なんかを…?
先程までは青色が目立っていた空が、今では橙色に染まり始めていた。
とにかく、私の部屋で話すことにならなくてよかった。
でも今考えてみれば、女の子の部屋で男女ふたりきりで話すなんて有り得ないよね、と思う。
廊下に出て歩いたことで冷静になれたのだろう。
今は落ち着いていられる。
マッシュ
レモンちゃん
レモン
ひゃいっ?!
彼からいきなり名前を呼ばれ驚く。
そんな私を見たマッシュくんはごめん、とひと言述べた。
マッシュ
…朝の、アレ
やっぱり、そのこと。
落ち着きを取り戻した脳内を再び混乱させる。
レモン
あわわ、えっと、違うんです…!! マッシュくんと話しているとき、シュー子ちゃんのことを考えてて、それでえっとその…
色々な思考や焦りが混じりあって、聞くに絶えない、苦しすぎる言い訳を繰り広げてしまった。
こんな言い訳、マッシュくんが不思議に思わないはずがない。
途中から言い訳する気も失せてしまい、落胆する。
マッシュ
…そっか。レモンちゃんがそういうなら疑わないよ
レモン
え…?
マッシュ
でも
彼が急に距離を詰めてくる。
私の後ろは壁で逃げ場がない。
彼の体だけじゃなく、顔も近づく。互いの鼻先が触れ合ってしまうくらいに近くて、熱い。
遠くから眺めるだけだった顔が、こんなに近くにあるなんて。
本当に信じられない。
レモン
あの、マッシュくん…?
互いの息遣い、心臓の音、微かな震え。
それらを直に感じることのできる距離。
マッシュ
でも僕は、レモンちゃんがああ言ってくれて嬉しかったんだけど
レモン
は、え、えと…
マッシュ
レモンちゃんの"アレ"は、嘘…?
レモン
う、嘘じゃないっ!! 嘘じゃない、けど…
どうしても言えない。
しっかりとした"好き"を、"好き"のその先を。
ちゃんと口に出して言ったことがないからか、
言おうとすると喉につっかえてしまって出なくなる。
伝えたいのに、でも___
レモン
本当に、伝えたいの…?
マッシュ
レモンちゃん?
レモン
ごめんなさい…私、やっぱり無理です
彼の腕に優しく触れ、この場から退かせる。
レモン
またね、マッシュくん。また授業で
逃げ道ができたことで、その場から移動する。
声をかけられないようにすぐに、逃げるように立ち去った。
伝えたくないって思ってしまったのだ。
今のままでも、十分幸せだもの。
302号室に足を踏み入れてマッシュくんやフィンくんとたくさんお話したり、それでランスくんに怒られたり、それも悪くないなって思った。
幸せなのは彼もきっと同じ。私がわざわざ幸せを押し付けなくても、彼は彼なりの幸せを持っている。
レモン
バカだ、私…
どんな誰よりも醜くて、弱い私。
途中からは走ることに疲れてしまって、多分歩いて帰ったと思う。
あまり覚えていない。

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