アドラ寮、廊下
先程までは青色が目立っていた空が、今では橙色に染まり始めていた。
とにかく、私の部屋で話すことにならなくてよかった。
でも今考えてみれば、女の子の部屋で男女ふたりきりで話すなんて有り得ないよね、と思う。
廊下に出て歩いたことで冷静になれたのだろう。
今は落ち着いていられる。
彼からいきなり名前を呼ばれ驚く。
そんな私を見たマッシュくんはごめん、とひと言述べた。
やっぱり、そのこと。
落ち着きを取り戻した脳内を再び混乱させる。
色々な思考や焦りが混じりあって、聞くに絶えない、苦しすぎる言い訳を繰り広げてしまった。
こんな言い訳、マッシュくんが不思議に思わないはずがない。
途中から言い訳する気も失せてしまい、落胆する。
彼が急に距離を詰めてくる。
私の後ろは壁で逃げ場がない。
彼の体だけじゃなく、顔も近づく。互いの鼻先が触れ合ってしまうくらいに近くて、熱い。
遠くから眺めるだけだった顔が、こんなに近くにあるなんて。
本当に信じられない。
互いの息遣い、心臓の音、微かな震え。
それらを直に感じることのできる距離。
どうしても言えない。
しっかりとした"好き"を、"好き"のその先を。
ちゃんと口に出して言ったことがないからか、
言おうとすると喉につっかえてしまって出なくなる。
伝えたいのに、でも___
彼の腕に優しく触れ、この場から退かせる。
逃げ道ができたことで、その場から移動する。
声をかけられないようにすぐに、逃げるように立ち去った。
伝えたくないって思ってしまったのだ。
今のままでも、十分幸せだもの。
302号室に足を踏み入れてマッシュくんやフィンくんとたくさんお話したり、それでランスくんに怒られたり、それも悪くないなって思った。
幸せなのは彼もきっと同じ。私がわざわざ幸せを押し付けなくても、彼は彼なりの幸せを持っている。
どんな誰よりも醜くて、弱い私。
途中からは走ることに疲れてしまって、多分歩いて帰ったと思う。
あまり覚えていない。
編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。