第8話

誰にも聞こえない声。
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2026/06/06 16:37 更新
大森 元貴
大森 元貴
ご馳走様です
元貴は手を合わせる。

母が優しく微笑んだ。
うん、笑
食器を流しへ運びながら、元貴は立ち上がる。
大森 元貴
大森 元貴
お風呂入ってくるね
いってらっしゃい
母が手を振る。


元貴はそのまま廊下へ向かった。

その後ろを、小さな白い猫がてちてちと歩いていく。
大森 元貴
大森 元貴
………
大森 元貴
大森 元貴
………
元貴は足を止めた。


後ろを見る。


当然のような顔でルシェルがいた。
大森 元貴
大森 元貴
…………
大森 元貴
大森 元貴
風呂には入ってくんな
ルシェルの耳がぴくりと動く。
ルシェル
ルシェル
えぇ〜
大森 元貴
大森 元貴
当たり前だろ
元貴は半目になる。
大森 元貴
大森 元貴
人のプライバシーを覗くな
ルシェル
ルシェル
はーい
返事だけはやたら素直だった。

元貴は少し疑わしそうな目を向ける。
大森 元貴
大森 元貴
絶対守れよ
ルシェル
ルシェル
守る守る
大森 元貴
大森 元貴
今一秒くらい考えたろ
ルシェル
ルシェル
気のせいだよ
大森 元貴
大森 元貴
絶対考えた
ルシェルはぷいっと顔を逸らした。


その様子に、元貴は小さく息を吐く。


気づいていなかった。


家に帰ってから初めて。


ほんの少しだけ。

本当にほんの少しだけ。


肩の力が抜けていたことに。


そしてルシェルも気づいていた。

だから何も言わない。

ただ、元貴が浴室へ入っていく背中を静かに見送った。
ルシェル
ルシェル
いってらっしゃい
その声は、

母の声よりもずっと小さかった。
浴室には湯気が満ちていた。

静かな水音だけが、小さく響いている。


元貴は浴槽に身を沈めた。

肩まで湯に浸かる。

温かいはずなのに、胸の奥は少しも軽くならなかった。
大森 元貴
大森 元貴
………はぁ
小さく息を吐く。


しばらく天井を見つめたあと。

ぽつりと呟いた。
大森 元貴
大森 元貴
………なんなんだ………あの妖怪は
脳裏に白い猫の姿が浮かぶ。


「お守りするよう、雇われた精です」
大森 元貴
大森 元貴
俺を守る?
自嘲気味に笑う。
大森 元貴
大森 元貴
何も出来ないくせに……
湯面に映る自分の顔を見る。

揺れていて、はっきり見えない。
大森 元貴
大森 元貴
大体……僕が悪いんだ
言葉は自然と零れた。

誰に聞かせるわけでもなく。
大森 元貴
大森 元貴
全部……僕が
教室でのことが頭をよぎる。

誰かの笑い声。

視線。

聞こえないふりをした言葉。


元貴は目を閉じる。
大森 元貴
大森 元貴
僕がもっと上手くやれてたら
大森 元貴
大森 元貴
僕が変だったから
大森 元貴
大森 元貴
僕が――
そこで言葉が止まる。


湯船の中で握った拳に力が入る。


本当は分かっていた。

全部が自分のせいではないことくらい。


それでも。

そう思わないと苦しかった。


誰かが悪いのだと認めてしまったら。

傷ついたことを認めてしまったら。


自分がどれだけ苦しかったのかまで、

認めなければいけなくなるから。


元貴は静かに顔を伏せた。

湯気が視界を曇らせる。


その頃。

浴室の外では。


ルシェルがドアの前にちょこんと座っていた。


中の声は聞こえない。

けれど。
ルシェル
ルシェル
………
小さな猫は、ただ静かに扉を見つめていた。

まるで、その向こうにいる少年の心を案じるように。
※この物語はフィクションです。

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