校舎裏の桜は、もうほとんど散っていた。
花びらの代わりに、淡い緑が枝先を埋めている。
春が終わる匂いがした。
「……今日で、最後だね」
あなたが笑う。
泣きそうなくせに、ちゃんと笑う。
俺 ぷりっつは、その顔を見るのが苦しくて、でも目を逸らせなかった。
「うん」
それしか言えない。
本当は言いたいこと、山ほどあるのに。
ずっと側に居たい、とか。
離れたくない、とか。
行くな、とか。
でも、そんなの言える立場じゃない。
あなたは春から、遠くの街へ行く。
夢のためだ。 応援したい。
してる。してるけど。
胸が、ぎゅってなる。
「ぷりっつ、泣き虫なんだから」
「泣いてねぇし」
強がりが下手なくせに、強がる。
あなたは一歩近づいてきた。
手が触れそうな距離。
触れない。 触れたら、離せなくなる。
「ねえ、覚えてる?最初に話した日のこと」
「……覚えてるよ」
忘れるわけない。
あの日から、俺の世界は少しだけ優しくなった。
あなたが笑うだけで、救われてた。
思い出ばっか増えていく。
増えるたびに、失うのが怖くなる。
「俺さ」
声が、震える。
「当たり前みたいに、明日もあなたがいるって思ってた」
あなたのまつ毛が揺れた。
「馬鹿だよな。終わりがあるなんて、考えもしなかった」
「……ぷりっつ」
「ちゃんと、わかってなかった」
当たり前が壊れること。
時間が進むこと。
春が終わること。
子どもみたいに、気づかないふりしてた。
沈黙
遠くで、誰かの笑い声。
世界は普通に続いてるのに、俺たちだけ取り残されたみたいだった。
「ねえ」
あなたが言う。
「手、出して」
言われるまま、差し出す。
触れる、と思った瞬間。
――触れなかった。
指先が、ほんの少し空気を掴む。
「今、触れたらさ」
あなたが、泣いた。
「行けなくなる」
その一言で、胸が潰れた。
ああ、同じなんだ。
「……ずるいで」
俺も笑う。 笑えてないけど。
「俺、ずっと好きやで」
風が止まった気がした。
「手、取れなくても。遠くに行っても。ちゃんと、好き」
あなたの涙が、春の光にきらりと光る。
「私も」
小さく、でも確かに。
「ぷりっつのこと、好き」
時間が止まればいいのに、って本気で思った。
このまま。
この距離のまま。
触れられないままでもいいから。
「ほら、期待しちゃうでしょ」
あなたが涙を拭く。
「また私と会えるって」
「……会えるやろ」
「…さぁーね、笑」
でも、それが“今まで通り”じゃないことを、俺たちは知ってる。
影が伸びる。
夕日が、あなたの背中を金色に染める。
その影だけが、俺の足元まで伸びてくる。
消えないでくれ、って思う。
「今日、ちゃんと噛み締めよ」
あなたが言った。
「今を、忘れないように」
俺は頷いた。
泣き虫でもいい。 強がらなくていい。
限りある恋だとしても。
出逢えたことは、たぶん一生の宝物だ。
「じゃあね、ぷりっつ」
「……うん」
本当は、言いたかった。
行くな。 離れるな。 ずっと側にいろ。
でも代わりに言ったのは、
「頑張れよ」
それが精一杯の愛だった。
あなたが歩き出す。
振り返らない。俺も呼ばない。
ただ、伸びていく影を、ずっと見ていた。
春の終わり。
花は散ったけど、この想いだけは、きっと散らない。
――ずっと、好きやで。
時間が止まらなくても。
明日が来ても。
俺は、ちゃんとあなたを好いている。
別れから始まる、新しい感じの恋愛小説𖤐 ̖́-













編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。