第107話

影だけが隣にいる Part1
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2026/02/16 07:49 更新



校舎裏の桜は、もうほとんど散っていた。



花びらの代わりに、淡い緑が枝先を埋めている。

春が終わる匂いがした。



「……今日で、最後だね」



あなたが笑う。

泣きそうなくせに、ちゃんと笑う。



俺 ぷりっつは、その顔を見るのが苦しくて、でも目を逸らせなかった。



「うん」



それしか言えない。

本当は言いたいこと、山ほどあるのに。



ずっと側に居たい、とか。

離れたくない、とか。

行くな、とか。



でも、そんなの言える立場じゃない。



あなたは春から、遠くの街へ行く。

夢のためだ。
応援したい。
してる。してるけど。



胸が、ぎゅってなる。



「ぷりっつ、泣き虫なんだから」



「泣いてねぇし」



強がりが下手なくせに、強がる。



あなたは一歩近づいてきた。

手が触れそうな距離。



触れない。
触れたら、離せなくなる。



「ねえ、覚えてる?最初に話した日のこと」



「……覚えてるよ」



忘れるわけない。



あの日から、俺の世界は少しだけ優しくなった。




あなたが笑うだけで、救われてた。



思い出ばっか増えていく。

増えるたびに、失うのが怖くなる。



「俺さ」



声が、震える。



「当たり前みたいに、明日もあなたがいるって思ってた」



あなたのまつ毛が揺れた。



「馬鹿だよな。終わりがあるなんて、考えもしなかった」



「……ぷりっつ」



「ちゃんと、わかってなかった」



当たり前が壊れること。

時間が進むこと。




春が終わること。



子どもみたいに、気づかないふりしてた。



沈黙



遠くで、誰かの笑い声。

世界は普通に続いてるのに、俺たちだけ取り残されたみたいだった。



「ねえ」



あなたが言う。



「手、出して」



言われるまま、差し出す。



触れる、と思った瞬間。



――触れなかった。



指先が、ほんの少し空気を掴む。



「今、触れたらさ」



あなたが、泣いた。



「行けなくなる」



その一言で、胸が潰れた。
ああ、同じなんだ。



「……ずるいで」



俺も笑う。
笑えてないけど。



「俺、ずっと好きやで」



風が止まった気がした。



「手、取れなくても。遠くに行っても。ちゃんと、好き」



あなたの涙が、春の光にきらりと光る。



「私も」



小さく、でも確かに。



「ぷりっつのこと、好き」



時間が止まればいいのに、って本気で思った。



このまま。

この距離のまま。

触れられないままでもいいから。



「ほら、期待しちゃうでしょ」



あなたが涙を拭く。



「また私と会えるって」



「……会えるやろ」



「…さぁーね、笑」



でも、それが“今まで通り”じゃないことを、俺たちは知ってる。



影が伸びる。



夕日が、あなたの背中を金色に染める。

その影だけが、俺の足元まで伸びてくる。



消えないでくれ、って思う。



「今日、ちゃんと噛み締めよ」



あなたが言った。



「今を、忘れないように」



俺は頷いた。
泣き虫でもいい。
強がらなくていい。



限りある恋だとしても。



出逢えたことは、たぶん一生の宝物だ。



「じゃあね、ぷりっつ」



「……うん」



本当は、言いたかった。



行くな。
離れるな。
ずっと側にいろ。
でも代わりに言ったのは、



「頑張れよ」



それが精一杯の愛だった。



あなたが歩き出す。



振り返らない。俺も呼ばない。
ただ、伸びていく影を、ずっと見ていた。



春の終わり。

花は散ったけど、この想いだけは、きっと散らない。



――ずっと、好きやで。



時間が止まらなくても。



明日が来ても。



俺は、ちゃんとあなたを好いている。








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