男が部屋を出て転弧と二人きりになる
こんな形で一年ぶりに再開した
俺たちはお互い少し緊張した様子だった
手を伸ばした俺を怖がるように後退りした転弧
泣きながら震える転弧の姿が俺の心の
片隅にあったまだ消えぬ正義感をくすぐった
そして、俺の体はいつの間にか転弧を抱きしめていた
次々と湧いてくる疑問を口にして
頭を抱える転弧をさらに強く抱きしめた
にごりない純粋な優しさと笑顔に
あてられた転弧は両目から大粒の涙を零した
我慢していた悲しみや怒り、憎しみや混乱
などが安心とともに溢れ出てしまったのだろう
俺は弔の両指数本にテーピングを巻き付けた
4歳ながらに俺はよく考えたと思う
お互いの心の傷を縫い合うようにして、
心にぽっかり空いた穴を埋め合うようにして
俺たちはいつもやっていたようにハグをした
いつもと同じハグなのにこの日は
なぜかいつも以上に身に染みる温かさを感じた
死柄木弔side
俺にとってあなたの下の名前だけがヒーローだ
毎日俺を否定し続けてくる家族
でもあなたの下の名前は毎日俺を肯定し続けてくれる
認めてくれる
暗闇の中を彷徨う俺の手を
引いてくれたのはいつもあなたの下の名前だった
何かあればすぐに手を握ってくれる
優しくハグをしてくれる
正直、家族よりもよっぽど大切な存在だった
結局この時もそうだった
助けの手を差し伸べて
くれたのはヒーローではなくあなたの下の名前だけ
もちろん先生も助けの手を
伸ばしてくれたがそれは物理的なもので、
心の奥底に沈む俺に手が届いたのはあなたの下の名前だけだった
心に刻まれた深い傷にあなたの下の名前の
優しさが滲みて痛いほどに伝わってきた
暗闇の中から光の方へ強引に引きずり出すのではなく、
ただただ暗闇の中で手を握って俺とずっと一緒にいてくれる
その手がどれだけ血濡れていようとも
どれだけ醜い力を持っていようとも
どれだけ周りのヤツらが離れていこうとも
あなたの下の名前はこの手を怖がらず、離れず、放さなかった
俺のヒーローはいつだって砂神あなたの下の名前だ
この世でたった一つの、たった一人の、
俺にとって一番大切な存在_____________
あなたの下の名前side
それからは弔と俺と先生、
たまにドクターの計四人で暮らしていた
猫と暮らしいていた時の癖が
なかなか直らずとても苦労したことを覚えてる
「志村転弧」「砂神あなたの下の名前」の名を捨て
「死柄木弔」「D」として生きることを決めて数年後、
俺たちは犯罪に手を染めることもあった
もちろん警察には一度も見つかった
ことはないし身元を勘づかれたこともない
そして俺は人を殺め、成長して
いくにつれて"感情"というものがなくなった
感傷にふけていた頃の記憶は
遠くなり、この手は血に染まっていく
誰かのいい人生、悪い人生を、
いくつもの誰かの未来を奪っても
とにかく何も感じず興味もなく、
持っているものも、信念も執念もない
"無"の状態
人を殺した途端、
何かが吹っ切れたように全てが無くなった
両親やヒーローへの憎しみも悲惨な過去も
何も思わなくなった
この心に焼き付いた過去と
かたく繋がる鎖がちぎれたように
だからこそ"ヒーロー"に
なる道もすんなり選べたのだと思う
"無"だったからこそ過去に
囚われず客観視できたからだと思う
冷静になって考えればそうだ
ヒーロー全員が全員、子供を
捨てるような悪い奴なわけがないから
見方によっては過去と
向き合わない人間として映るかもしれない
それでも…
俺を人生のどん底に突き落としたのは"ヒーロー"だ
何もかも俺から奪ったのは"ヒーロー"だ
「社会の闇」を見せたのは"ヒーロー"だ
「憎しみ」という感情を教えたのは"ヒーロー"だ
"それでも"…
"無"という天国と地獄の狭間のような
場所から引っ張り出してくれたのは"ヒーロー"だ
「人の温かみ」を再び教えてくれたのは"ヒーロー"だ
「守るべきもの」をくれたのは"ヒーロー"だ
「感情」を取り返してくれたのは"ヒーロー"だ
俺を変えてくれたのは…
ヒーローだ____________________
ただ、ここまで多くを望んで
ヒーローになったわけじゃない
罪滅ぼしのためでもない
ではなぜヒーローを選んだのか
それは_____________________…
やっぱり気分だったから←
別にふざけているわけじゃない
無くなったと思っていた感情が顔を
出したことに俺は期待していたのかもしれない
それを俺は"気分"として受け取っただけかもしれない
でも、俺が気分で動いているのに変わりはない
辞めたいと思ったらいつでも辞めるつもりだからな
ただ、あの時なぜ雄英の
ポスターに反応したのかはわからない
わからないけどなぜかあれに惹かれたんだ
現状を変えたいという
意思が気分として現れたのか
はたまた純粋な好奇心だったのか
未だにわからないことだらけだ
ただこれだけは言わせて欲しい
俺はいつだって感情のままに動く
俺が感じとった感情のままに
その時その瞬間にやりたいと思ったことを
やらなければいけないと思ったことを_________
in蛇腔病院地下室
病院の地下室で一人ほくそ笑む殻木
そこには一つの大きなカプセルの
中に弔とあなたの下の名前が浮かんでいる姿があった
next…















編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。