― 九月一日 ―
夜も様々な人でにぎわう街、苺川町。
その片隅の、とある店の地下室。
長い間閉じられていた扉が、開いていた。
薄暗い地下室の中、作業着姿の男や屈強な男たちが黙々と立ち働いている。
そこに、黄色い人影がゆらりと現れた。
そう言って父親が口に出したのは、恐ろしいと噂の組織の名。
そこに潜入捜査ということは、死を意味する。
息子をおとりにするつもりだということだろう。
黄はそれを聞いても顔色も変えない。
しばらくの間、男たちが作業をする音だけが響く。
黄はそれを感情のない瞳で見ていた。
やがて父親が、スーツのポケットから時計を取り出した。
男たちが黙って片づけ始める。
やがて店はひとつもこの出来事の痕跡を残さずに片づけられた。
がらんとした部屋の中央に一つだけおかれた、ガラスのケース。
その中に、直径4cmほどの宝石が浮いている。
かすかな光に当たるたび、黄色や青にきらめく。
かつてたくさんの人々の欲望の的となり、美しさの陰に血塗られた歴史を持つ石。
男たちの一人が、ケースを捧げ持つ。
ケースを持った男の周りは屈強な男たちで完全にガードされている。
父親の合図で男が部屋を出ようとした、その瞬間。
ガシャン
男が持っていたケースが割れ、宝石が消えた。
何が起こったのか誰もわからなかった。
呆然と立ち尽くす男たち。
うろうろとさまよう彼らの目に映ったのは。
宝石を持って部屋の中央に立っている、黄だった。
父親の命令で、男たちが黄を取り押さえようとする。
とたんに、数人の男が吹っ飛んだ。
黄が、けりを入れたのだ。
あわててとびかかっていく男たちを、黄の足が、拳が、撃退していく。
その瞬間、黄に隙ができた。
男の足が、黄の腹を襲う。
黄が、崩れ落ちた。
父親が黄の前に立って、冷酷な目で見おろす。
黄は、宝石を握りしめてはなそうとしない。
父親は、黄の背中を踏みつけて、少しづつ体重をかけた。
黄金色の瞳が大きく揺れた。
―――
僕は生まれてから愛された覚えがない。
お父さんは、役に立つもの、利益になるものだけを最上とし、僕を見てくれることはなかった。
お父さんに愛されたくて、僕は勉強も運動も全部死に物狂いで努力した。
でも、お父さんは僕を利用することはあっても愛してくれることはなかった。
勉強ばかりしていたから友達もいなかった。
僕はずっと独りだった。
お父さんが宝石を逃したといって機嫌が悪かった時、僕が見つければ今度こそ見てもらえるかもしれないと思って学園に来た。
お父さんのためになることだけを考えるうちに、僕も冷たい瞳になっていった気がする。
機械的に考えて機械的に動いていた僕の心が変わり始めたのは、あの青い目と目が合ってから。
あの日から、全部が変わり始めた。
―――
頭が割れそうに痛い。
痛くて痛くて気が遠くなりそうだ。
意識がもうろうとしていて、ただ手の中の冷たい石の感触だけを感じている。
赤に話したことは半分嘘で半分本当。
僕に埋め込まれているのは宝石を探すためのプログラムではなく、絶対にお父さんの利益になることしかできないプログラム。
僕が生まれてからずっと、僕の脳に、神経に刻み込まれてきた絶対服従の命令。
これにさからうことは死ぬほど苦しい。
いや、本当に死ぬかもしれない。
でも、これでいいんだ。
僕が僕である限り、お父さんのためにしか動けない。
きっともっとたくさんの人を傷つけてしまうだろう。
そうなる前に、お父さんごと僕を消してしまえばいい。
僕は、こっそりライターの火をつけた。
そして―――――














編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!