第17話

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2026/01/01 00:04 更新
⚠︎ネタバレ注意⚠︎
私はあえて、何も聞かなかった
彼女の表情が陰鬱に曇った理由を
無理に聞かなくとも
じきにはっきりすることだ
何も見なかったふりをして代金を支払い
甘味処を出たあとは
二人で散策を続け
書店をのぞいてみたり
ツツジの咲く花盛りの公園に行ってみたりした
いちいち新鮮な反応を見せてくれる桜華は
同行者としてこの上なく面白い存在で
思いのほか私も楽しむことができた
たまにはこういう休日の使い方もいいと
満足できるくらいには。
それから流行りの洋食店で食事を済ませ、
車を取りに行って家に帰る頃には
日も大きく傾いていた
桜華
あの、旦那様
今日はありがとうございました
車から降りると
やはりどこか緊張したように彼女は言う
今日一日でだいぶ打ち解けたように感じたが
彼女が自然に、かしこまらずに
接してくれるのは、まだまだ遠いようだ
(なまえ)
あなた
こちらこそ、無理位付き合わせたようで
悪かった。少しは楽しめたか?
桜華
はい
とても楽しかったです
(なまえ)
あなた
ならばよかった
また行こう
桜華
……はい
そこで懐に入れていた箱を
今出すべきかと、わずかに逡巡する
(なまえ)
あなた
(やめておくか)
今日このときに、面と向かって渡すのは
何かと障りのある品だ
彼女の重荷になってしまうのは本意ではない
夜、考えた末
彼女が風呂に入っているうちに
そうっと彼女の部屋の前に箱を置く
いくら遠慮の塊である彼女でも
さすがに部屋の前に置いてあるものは
受け取らざるおえないだろう
気づいた彼女が何を言ってくるか
居間で茶を飲みながら待つ
すると風呂からあがってきた彼女が
自室に向った気配がして
いくばくも経たないうちに居間へ顔を出した
桜華
だ、旦那様
これ……
風呂で温まったせいか
慌ててきたせいか
浴衣に身を包んだ彼女は
頬をほんのり紅潮させている
(なまえ)
あなた
大人しくもらっておけ
桜華
置いたのは、旦那様、ですか?
彼女は箱のふたをとっておそるおそる
といったふうに中身を凝視する
箱に入っているのは、櫛だ
細かく花の模様が掘られたつげの櫛
まあ、一般的な感覚で言うと安くは無い代物では
あるが髪にはやり櫛のよしあしが関係してくる
今の彼女に贈るならこれしかないであろうと考えた
もちろん実用面で、だ
(なまえ)
あなた
さあな
問題は男が女に櫛を贈るという行為に
求婚の意味があること
だから初めての贈り物には向かない
よって誤解を避けるため
こんなふうにこそこそする羽目になってしまった
桜華
こんな高価なもの、いただけません
(なまえ)
あなた
気にする事はないだろう
桜華
ですが
(なまえ)
あなた
気にするな
桜華
え、っと……置いたのは旦那様、ですよね……?
(なまえ)
あなた
……
確か、父も最初
母に贈った物は櫛だったと聞いた
しかも、今の俺と同じように
こそこそ部屋の前に置いていたようだ
桜華
旦那様?
(なまえ)
あなた
ふ、深い意味は考えず
使えばいいのではないか
意味のない問答を繰り広げてから
ちらりと彼女をうかがい見て───
私は思わず目を丸くした
桜華
では……はい、そうします
ありがとうございます旦那様
彼女が…桜華が、ほんのりと
ごくわずかに、笑っていた
蕾がほころぶように、氷が溶けるように
無垢で美しい笑み
桜華
大事に使わせていただきますね
(なまえ)
あなた
そうしろ
唇も声も震えてしまう
この感情は何というのだろう
感動、だろうか
それとも、興奮か、歓喜か
名をつけたいぐらいに、いろいろなものが
混ざっているけれど
強いて言うなら、愛しさ、だった
作者
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