「ごめんボムギュ、今日は一緒に帰れないや」
単語帳を片手に何でもなさそうな顔のスビニヒョン。
もう片方の手はブレザーのポケットの中でもぞもぞ動かしているのでカイロでも入れているのだろう。
俺はというと見開いた目でそんなヒョンをじっと見つめていた。
けれどすぐになんでもないというように目線をそらし、精一杯の素っ気ない声を出す。
「あっそ。別に約束してた訳じゃないし。じゃあね、ばいばい」
「え?なに、拗ねてんの?」
壁のように高い背中を曲げて、俯いた俺を覗き込む顔はにやにやしていた。
ふん、とそっぽを向いて早足で3年生のフロアの階段をかけ降りていく。
時が流れるのは早いもので、俺は2年生、スビニヒョンは3年生の受験追い込みシーズン真っ只中である。
ふと教室のドアの窓越しに見える教室の時計に目をやるともう7時だ。
こんな時間まで残っていたのも、ここ最近勉強のため帰りが遅いヒョンと一緒に帰るためだ。
入るだけ入ってあまり行かなかった部活に久しぶりに顔を出したのもヒョンを待つ時間の暇つぶしだし。
なんだよ、俺だけめっちゃ好きみたいじゃないか。
さっきからやけに廊下の隅のホコリが目に付き、ほとんどの生徒が帰ったか部活中であるがための静寂、そこに響く1人分の不貞腐れた足音が、余計に俺をセンチメンタルな気分にさせた。
久しぶりのぼっち下校である。
「ボムギュヒョン」
「わ!!!?」
静寂は案外早く断ち切られた、自分の声によって。
「うるさいです。」
「あっ?なんだよテヒョナかよ…」
「今生徒会が終わったところなんです。一緒に帰りませんか。」
「そうなの?結構遅くまでやってんだね。いいよ、帰ろ」
「はい。」
俺の驚いた顔が面白かったのか、笑いを顔に残したままてこてこと横に並んでくる。
テヒョナは今年入ってきた1年生。
可愛い後輩である。
「そういえば今日はスビニヒョンはいないんですか?」
「……スビナあ?ああ、いたねそんなやつ。」
「なるほど、喧嘩中ですか。」
「…んー喧嘩っていうか」
俺が一方的に不機嫌になってるだけ。
まあそうなんだけどね。
「よくわからないですけど…。でもスビニヒョン、受験で忙しいでしょうによく構ってくれますよね。」
「えっテヒョナに?」
「は?僕なわけないじゃないですか。あなたですよ。」
「ああ…」
「…僕といるのに落ち込まないでくださいよ。こっちまでじめじめしてしまう。」
ばし、と背中を叩かれる。
「…う」
こいつも結構遠慮ないよな。
生徒昇降口が見えてきて、靴箱がずらりと並ぶ向こう側に大きなガラス張りのドアの一つだけが空いていた。
絶妙な沈黙が考え事を催促させてくる気がして、それを埋めるようなそのドアから吹く風の大きな音に少し安心する。
「うぎゃーーーさぶいーーー」
風の音に負けまいと叫びながら靴を取り出し、校舎内用のスリッパを脱いでコンクリートの床に足をつけた時のあまりの冷たさに悶える。
「ほんとさあ…床暖…つかないかなあ…」
「ヒョンが設置してくださいよ…つめたっ」
下駄箱越しに震える声で会話をする。
きんきんに冷えた靴に足を突っ込むと湿ったような気持ち悪い感覚。
テヒョナと顔を合わせ一つだけ開け放たれているドアに向かい、外に出た。
生徒昇降口を出たところの右手にはグラウンド、左手には自転車置き場がある。
グラウンドからまだ少し聞こえる運動部のランニングの掛け声に関心しながら空を見上げた。
「わあ、」
この学校自体が高いところにあり高い建物も少ないため、住宅街の屋根越しに空がよく見える。
日が沈んだ直後なのか下の方はまだ少し赤みの紫で、真上の空はすっかり青がかった黒だ。
そのグラデーションが息を飲むほど綺麗で。
「てひょな」
「…綺麗ですね。」
「ね」
「校内でスマホが使えないのが惜しいです。写真に残したい景色だ。」
「え?別に使えばいいじゃん。どうせ誰も見てないよ。」
そう言ってポケットからなんでもないようにスマホを取り出し素早くカメラに景色を収める。
《カシャ》
情けないシャッター音だ。
画面に写ったものは、どうしても俺の目に映る目の前の景色には劣る。
「あーあ、生徒会員の前でスマホ出すんですね。」
「テヒョナはこんなことで俺の事報告しないでしょ?」
ニヤリと笑う。
テヒョナはぐっと詰まり、はあと息をついた。
「…写真、あとで送ってください」
「へへっ、おっけー」
にまにましながら先頭を切って校門を目指す。
もう11月下旬。
10月頃は温暖化を自覚せざるを得ないほどの温かさで、防寒着に身を包む寒がり白うさぎことスビニヒョンを「やい寒がりだ」などとからかう余裕はあったが。
今は「寒い」の3文字を唇が勝手に連呼するほどの寒さだ。
前に進むほど刺すような冷たい風が頬をかする。
こういう時に限って詰まりなく通った鼻の中を冷風が駆け抜けてゆき、体を芯から冷やした。
あっとゆう間に防寒具必須な冬になってしまったぞと、もぞもぞしながらイツメン防寒着をカバンから出す。
完璧に装備し終わってから隣のおちびがいないことに気づいた。
振り向くと長い布ともたもた絡みながら戦っている。
「やーテヒョナお前マフラーも巻けねえの?」
なんでも完璧にこなすカンテヒョンの意外な欠点にアンテナが反応する。
「暗くてよく見えなくて…」
「仕方がない、このヒョンが巻いてやろう」
ドヤ顔でひょいとマフラーを取り上げた。
…ものの実は俺も暗くてよく見えてない。
でもドヤってしまったからにはそれっぽくこなさなければならないのだ。
とりあえず端らしきところを掴み布をばっと広げ、数センチ低いそいつの首に無造作にぐるぐると巻いた。
「…よし…うん、よし!できた!」
大袈裟な俺の大声に、不安げに眉間に皺を寄せるテヒョナ。
「いやこれ…はあ……もういいです…」
「なんだその反応ー?」
ぐちゃぐちゃでかろうじて首に巻きついているそれをお気に召さない様子。
直してやろうかと思ったけど、されるがままにマフラーを巻かれてボサボサな髪と布におぼれた呆れ顔がかわいくて、まあいいかと再び歩き出した。












編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。