―20XX年9月28日 天候:雨―
竹本友紀(たけもとゆうき)。親が多額の借金を抱えているため貧乏暮らしをしていること以外はいたって普通の中学3年生だ。幸せかは分からない。それでも今、友紀には希望があった。それは高校のこと。この時期になるとこの年齢のほとんどの人は志望校が決まっており受験勉強をしている。友紀もそのうちの一人だ。そして高校は決まっている。進路の話は、金の話になるからと、ずっと避けられてきたせいで遅くなりすぎだが、今日その話をするのだ。小さなアパートの中の小さなテーブル、両親を集めて友紀は口を開く。
「父さん、母さん、遅くなってごめん。高校のことについてなんだけど…」
不安と期待が混じっている中で友紀はパンフレットを差し出しながら話した。
「俺、この高校に行きたいんだ。近場だから歩きで行けるし、進学校なんだ。卒業生は全員政治家とか有名校の教授とか…とにかくすごい人なんだ」
両親は黙っている。聞こえるのはザーザーという雨の音だけ。その理由はなんとなく友紀も分かっていた。…私立だからだ。しかし友紀は続ける。
「お金は何とかする!…ほら、奨学金とかあるじゃん。大学なら頑張れば入学金免除とかあるかもしれない。それに政治家とか教授になればお金だって手に入る。そしたら借金だって返済でき…」
「友紀の言いたいことはわかった。だけど私達にはお金がないの。私立なんて到底行けない。しかも、この学校偏差値72でしょ?友紀が受かる保証なんてない。だったら確実に行ける所にして欲しい」
母が遮った。友紀だって分かってる。だけど…
「俺も学校の学力テストで分かった。偏差値は72に全然届いていない。10も足りてない。…だから気もちは分かる。だけど何とかする!塾に行かせろなんて言わない…だから…大丈夫。お金は…」
「卒業生は全員すごい人なのか?」
今まで無言だった父が話した。その圧に友紀は黙ってしまった。
「パンフレットは大抵、一部を取り上げている。進学校だから、確かに卒業生に大物がいることも事実だろうがそれが全員という証拠はない」
友紀だってわかってる。だけど自分がやらなくてはいけない。自分がお金を集めないと。両親が苦労する。そう思っていた。
「……。じゃあ、どうすれば良いんだよ。大した稼ぎもなく借金まみれ。宝くじとか競馬なんてしてたら逆効果。高校に行かないで働くという選択もあるけどそれは一時的な稼ぎ。後々苦しくなることは目に見えている。普通の高校じゃ何も変わらない…」
友紀は腹が立ってきた。何も改善されないこの状況に。何もできない自分に。
「それは私達が何とかするから、友紀はそんなこと考えなくていいの」
その腹立ちは、気づけば両親にぶつけていた。
「何とかする、何とかするって、一体どうするんだよ!!答えは、一つ!父さん母さんには何もできない。…嫌なんだよ。苦労させてるのはわかってる。だからそれはごめん。だけど…、だから!あとちょっと待ってほしい。そう言ってるのに無視すんなよ。こんな状況で私立に行きたいなんて馬鹿なこと言ってるって俺も思ってる…。だけどこれしか俺は考えられない!それが駄目なら父さんも母さんも考えてよ…。どうしたらいいの」
決めなきゃいけない時期になって、初めて本音がぶつかった。そして、暫く沈黙が続いた。考えてくれているのだろう。しかし両親はこう答えた。
「何もできない。諦めて。申し訳ないけど、諦めてほしい。友紀には幸せに生きてほしい。だからこそ本当に無理はさせたくない。だけどごめんね。この家に生まれてしまった以上、変わらないから。本当にごめんね」
何かがプツンと切れた。騒がしい雨の音よりはるかに大きな声で友紀は叫んだ。
「俺はこの家のもとに生まれたいなんて一言も言ってねぇよ!」
何もできないもどかしさからか、パンフレットを投げやり、家を出ていた。友紀!友紀!という声が聞こえたのは気づいていた。だけど、無視をした。
どこまで歩いたのだろうか。やがてどこがどうなっているのか分からない都市部に来ていた。最新技術の広告がビルの画面にでかでかとある。また科学者の名前はここでは有名らしい。伝統的な雰囲気のある家周辺に対し機械的な雰囲気のある都市部だ。最悪な気分だ。いつぶりだろうか両親と喧嘩したのは。全身が濡れていたため周りからは泣いていることを気づかれないのが唯一良いことだ。
「父さんと母さんは何も分かっていない…」
嘘だ。絶対に嘘。誰よりも理解している。何をすれば良いのだろうか。お金稼ぎ?…。とりあえず広告を眺めていた。対象のものを事前に設定した場所にワープさせる機械?とにかく凄いや。そう思ったとき、誰かからか肩をたたかれ声をかけられた。
「すみません…回答者がいなくて困っていて…」
その正体は少女だった。目まで前髪が伸びており、童話の赤ずきんちゃんのような服装。明らかに営業には向いていないような性格だと話し方から分かる。
「!?は、は…?」
「よければ答えていただけませんか?」
頭が都市部のようにごちゃごちゃして訳が分からない。いや、例え方が微妙すぎるか…。
「え…」
「お願いします!本当に!本当に…困っているんです!」
「あ…わかりました」
彼女の、雨の中弱気ながら一生懸命声をかけている様子を想像すると拒否なんて友紀はできなかった。
「ありがとうございます!ではこちらのタブレットに…」
雨の中電子機器なんて大丈夫だろうか…。と考えていたが、質問内容を見てそんなこともどうでもよくなった…。
―夢はありますか?あれば記入してください―
抽象的で困った。夢…。夢…。いや、ある。それは親の借金を返すこと。そもそも友紀が家を出たのもこのことが原因だ。そう記入し意外と早くアンケートが終わりタブレットを少女に返した。
「本当にっ!本当にっ!ありがとうございます」
弱々しい彼女の感謝の声と同時に友紀は考えていた。もしかして叶えてくれるのか……。いや、早計だな。あまりテレビのことはわからないが取材などよくあるのだろう。たぶんそれの一環だ。しかし一人の少女が雨の中傘もささずに…。それだけは気になっていた。友紀も人のことはいえないが…。
「それではさようなら。……後悔しない選択をするように」
「!?……?」
今までの少女の様子とは全く違う雰囲気があり、友紀は戸惑った。答えてはいけなかったのだろうか。それでも答えてしまったのだ。仕方がない。まだ秋なのに真冬みたいに寒い。きっと雨だからだ。帰りたい。今度はしっかり考えよう、どうすればいいのか。しかし、帰り方が分からない。やがて友紀は怖くなってきた。無理もない、もう夜だ。友紀は今日は雨宿りをして寝て、帰るのは明日にしようと考えた。夜に中学生一人が歩き回るのは逆に危ない。また、他の人に見つかって補導などされたら面倒なことになる。友紀は都市部から外れた路地を見つけ、そこで一晩過ごすことにした。両親に申し訳ないと思いながら…。しかしもう何もかも遅かった。眠りにつきかけたその時、何やら不気味な足音が聞こえたのだ。アンケートの時の少女がいたのだ。
「…3B18。三丁目路地にて発見。すぐさま貴方様のもとへお送りいたします」
彼女の手には電話とよく分からない機械。ポケットからは薬品の匂いが漂っていた。
―その後のことは覚えていない―












編集部コメント
依頼人の悩みや不安に向き合うカウンセラーという立場の主人公が見せる慈愛にも似た優しい共感と、その裏にひそむほの暗い闇。いわゆる正義ではないものの、譲れない己の信念のために動く彼の姿は一本筋が通っていて、抗いがたい魅力がありました!