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第1話

序章
179
2025/09/28 10:04 更新
それは、突然動き出した。
以前、裏神のボスである香坂慎太郎が俺達の組に来た時、五十嵐の親父が爆発に巻き込まれて重傷を負ったあの日。
香坂は去り際に俺達にこんな事を言ってきた。
香坂慎太郎
そういえば…一つ言い忘れていたことがありました。
久我虎徹
はぁ?
新城の兄貴を止めるのに必死で俺は半ばキレ気味に反応を取る。香坂は不気味な微笑みを作りこう言った。
香坂慎太郎
獅子王組の伊武隼人さん…彼の父親は伊武雅人。マッドカルテルのNo.2です。
六車謙信
…何、だと!?
その言葉を聞いた組の人間が混乱する中、新城の兄貴は冷静だった。いや、冷静になったと言う方が正しいな。今にも相手に掴みかかりそうな勢いが消えた。俺とカシラはひとまず安心して手を離した。
新城杏太郎
ヤクの売人の言葉なんて信じられる訳ないって話。というか伊武隼人って誰?
六車謙信
……同盟関係である獅子王組の人間だ
新城杏太郎
へぇ…じゃあ尚更信じられないって話。同盟関係を潰す気なんかよ
新城の言葉にも香坂は表情一つ変えずにこう返す。
香坂慎太郎
嘘ではありませんよ。そうですね…本人に聞いてみれば良いのでは?
それでは失礼します、と言って香坂達は去っていった。裏神とは相容れないと再認識した後、俺達は混乱去らぬまま話し始めた。
久我虎徹
………さっき香坂の言っていたことって…
俺は不安げに聞く。仙石の兄貴が大きく溜息をついてこう言った。
仙石薫
はぁ………一瞬嘘かと疑ったがあの目…まぁ間違いは無さそうだな…
六車謙信
そうだろうな…
久我虎徹
これからどうします…?あの怪我じゃ助かったとしても親父は暫く動けませんよ…
六車謙信
先程の話の真偽も確かめなければいけない…
高砂明夫
…さっきの話は眉済組長に直接聞いてみたほうが良いかもしれませんね。
仙石薫
あー…先が思いやられるな。
話し始めてから一度も口を開いていなかった新城の兄貴がふとこう疑問を呟いた。
新城杏太郎
あの売人は何であんな事を言ってきたんだ…?
久我虎徹
それは、俺等の同盟関係を潰そうとするため…とか?
新城の兄貴は納得しない表情を見せる。
新城杏太郎
でもそれなら、その伊武隼人って奴だけが組を去ることになるんじゃないの?
久我虎徹
それは…えー…と…
返答に困っている俺を見て兄貴は申し訳なさそうに言った。
新城杏太郎
まぁ今言ったことは忘れてくれって話。
そう言いながらも何となく浮かない兄貴の表情が俺の心を不安にした。

ふと、携帯を操作していたカシラが俺達にこう言った。
六車謙信
…眉済組長に、電話して聞こう。
久我虎徹
………
とにかく不安だった。さっきの話が嘘なら嘘で双方の組員達は更に怒って戦いが激化する理由にも成りかねない。けれど本当だった時は…伊武の兄貴はどうなるのだろうか。けれど、何よりも怖いのは…
仙石薫
大丈夫か、虎徹?
久我虎徹
あ、兄貴…
仙石の兄貴がそんな俺を見兼ねて声をかけてくれた。心から気に掛けてくれている表情を見て、嬉しさと申し訳無さが心に染みる。
仙石薫
そんな心配しなくてもいいって、本当ならその時はその時だ。
俺はその言葉を聞いて尚、うまく返事を返せなかった。仙石の兄貴がまた心配そうに俺を見つめて、視線を地面に落とす。
久我虎徹
あの…もしその話が本当だったとして、伊武の兄貴が知らなかったならまだ良いと思うんです。
俺は兄貴達に向けて言葉を発した。
久我虎徹
でも…もしも、伊武の兄貴がその事を知っていたなら、どうなるんでしょうか…
その言葉に皆が険しい表情を浮かべる。
六車謙信
……俺達から情報を抜き出していたのかもしれないということか
久我虎徹
あくまで、可能性の話です。
高砂明夫
……とにかく、眉済組長に聞きましょう。憶測で心を削られては駄目。
六車謙信
…そうだな。少し待ってくれ。
カシラは携帯を操作して眉済組長に電話を掛ける。数回コール音が鳴った後、それがプツリと途切れた。
眉済俊之
もしもし…六車か。
六車謙信
はい、ご無沙汰しております。実はそちらの伊武隼人について聞いておきたいことがありまして…
カシラは事の顛末を眉済組長に説明した。聞き終わった眉済組長は少し考えた後、口を開いた。
眉済俊之
…………香坂の言っていることは信用ならないとは言え、伊武には少し…話を聞いておかなかればいけないな。
六車謙信
お願い致します。というのと…
カシラは俺にちらりと視線を向けた。大方、何を言うか察した眉済組長は少し笑ってこう言った。
眉済俊之
あぁ、君達は心配しなくていい。何かあればこちらで対処する。
お互いに挨拶を交わして電話を切った後、カシラは俺達に言った。
六車謙信
とりあえず結果待ちだ。あまり心配しなくて良い。
そう言ってカシラは皆を安心させるように笑ったが、俺はどうしても不安で仕方なかった。
眉済Side


六車からの話を聞いた俺は柳楽を呼び出し、事を説明した。
柳楽和光
なるほど…伊武の父親が。
眉済俊之
一応聞くがお前は何も知らないよな?
柳楽和光
えぇ。恐らく他の組員もそういった噂は聞いたことはないだろうと…
眉済俊之
まぁ、そうだよなぁ…
頭を抱える俺を見て、柳楽は口を開いた。
柳楽和光
とりあえず伊武に話を聞きましょう。真偽すら分からない状態で悩んでもどうにもなりません。
眉済俊之
そうだな…
暫くしてから、伊武が組長室へ来た。
伊武隼人
親父、何か御用でしょうか?
いつも通り口を開いたかと思いきや、普段はいないはずの柳楽の方を向いて少し不思議そうに首を傾げた。
伊武隼人
…俺、何かしましたか?
至って真面目な顔で聞くものだから俺は吹き出してしまった。柳楽は笑いを堪えるようにしている。その様子を見てぽかんとしているその顔もなかなかに面白かった。少し笑いが冷めてから、俺は話を切り出した。
眉済俊之
伊武、単刀直入に聞く。お前の父親はマッドカルテルの人間なのか?
伊武隼人
……!
伊武は驚いたように目を見開いた。
柳楽和光
…その反応、当たりか?
伊武隼人
……
柳楽の言葉に、伊武はそっと目を伏せた。
眉済俊之
………知らないなら知らないで良いんだ。
伊武隼人
……
伊武は俯いたまま、拳を固く握った。何も言ってくれないかと思ったその時、伊武が口を開いた。
伊武隼人
……誰が言ったんですか?
眉済俊之
…裏神の香坂だ。先程、京極組から連絡があってな、本当かどうか聞いておいてくれないかと。
伊武隼人
……………そうですか。
柳楽和光
…で、本当なのか?
伊武は少ししてから呟いた。
伊武隼人
…………そうです。
眉済俊之
……
伊武は俯いていた顔を上げて、もう一度口を開いた。
伊武隼人
…俺の父親は、マッドカルテルのNo.2です。
柳楽和光
……
眉済俊之
そう…か。
俺達は信じられないような気持ちで伊武を見つめた。
伊武は自嘲気味に笑った。
伊武隼人
…最低ですよね、俺。
眉済俊之
は…?
伊武隼人
いや…その前から最低か。
伊武は再び独り言のように呟いた。お互いに何も言えず静まり返った時、伊武が耐えきれなかったかのように組長室のドアを思い切り開けて走っていった。
眉済俊之
伊武!
俺は思わず立ち上がる。
柳楽和光
…親父、追いましょう。
伊武Side


バレた、ずっと隠し通してきたことが。俺は組の廊下を走りながらこう思っていた。誰もいないのが唯一の救いだった。舎弟達にはこんな情けない姿を見せたくはなかった。

誰もいないと思って走っていたからか、俺は前に見た人影に気づかなかった。そのまま派手にぶつかって俺は倒れ込んだ。
犬亥鳳太郎
痛いな…お前、何走ってるんだ?大丈夫か?
ぶつかったのは犬亥の兄貴だった。俺は驚きと混乱で何も返せずに立ち上がった。
伊武隼人
…………
犬亥鳳太郎
…え、お前…泣いてる?え、そんな痛かったのか…!?
兄貴に言われてようやく気付いた。俺は泣いていたらしい。
悲しいだとかそういう訳では無かった。


ただ、申し訳無かった。自分の行動が、組員達を傷つけたり命の危機に晒していたことに。腹が立った。父親を止められない無力な自分に。

後ろから親父とカシラが追ってくる音が聞こえた。それでも、後ろを振り向けなかった。あの二人の顔を見たら余計に泣き出してしまいそうだったから。
眉済俊之
伊武、お前…話の途中にいなくなるなよ…驚いただろうが…
真実を知って尚、いつもと変わらぬ声色で話し掛けてくれる親父の優しさがやけに胸に染みて、涙は一層増した。
二人とも、俺が泣いていることには幸い気づかなかった。犬亥の兄貴は少し考える表情をした後、親父とカシラにこう言った。
犬亥鳳太郎
伊武、さっき俺と思い切りぶつかって怪我しちゃったみたいなんで…手当てしてから返すのでちょっとお借りします。
眉済俊之
え?あ…あぁ…分かった…
柳楽和光
……
カシラは相変わらず無言だったけれど、俺を気に掛けてくれているようだった。二人がいなくなってから、犬亥の兄貴が口を開いた。
犬亥鳳太郎
ほら、行くぞ。
俺は無言のまま付いていくしか無かった。
犬亥Side


俺は使っていない部屋の鍵を開けて電気を着け、誰も来ないように鍵を閉めた。
伊武はソファに座り、ぼーっと窓の外を見つめていた。
犬亥鳳太郎
はぁ………で、どうしたんだよお前。今日ちょっとおかしいぞ?
出来るだけ優しく言ったつもりだが、また伊武の目から涙が溢れた。
犬亥鳳太郎
あー…駄目だこれ。
俺は伊武の隣に腰掛けて、せめて泣き止めと願いを込めて頭をくしゃくしゃと撫で回した。


ひとしきり、涙が落ち着いた頃に伊武がやっと口を開いた。
伊武隼人
兄貴…すまないねぇ…
犬亥鳳太郎
……別に良いさ。誰しもそういう事
伊武隼人
そうじゃなくて
伊武は俯いてこう言った。
伊武隼人
……俺の父親は、マッドカルテルの人間なんだ。
犬亥鳳太郎
は……?マッドカルテルって…それ…
伊武はゆっくりと話し出した。
伊武隼人
…最初、言う必要は無かった。特に関係はなかったからねぇ…でも、今はぶつかる可能性が出てきた…
伊武はそこで一度言葉を切り、再び口を開いた。ただ、泣きそうな声で。
伊武隼人
俺が、父さんを止めれるだけの力が無かったから…っ…皆を命の危機に立たせて…
俺は伊武を落ち着かせられるように言った。
犬亥鳳太郎
お前の父さんを止めれたとしても、マッドカルテルは無くなりはしないだろ?そんな気にすることは…
伊武隼人
父さんはマッドカルテルのNo.2なんだよ!
伊武は苛立ったように叫んだ。
犬亥鳳太郎
え…
伊武隼人
父さんが実質組織を動かしてる!今回の日本進出も父さんが言い出したことだ!俺は…父さんにはそんな事、して欲しくない…
犬亥鳳太郎
……
伊武はせきを切ったように泣き出した。俺はただ、背をさすってやることしかできなかった。ただ、一つだけ言いたいことがあった。
犬亥鳳太郎
……お前からみた父親は良い人なんだろ?じゃあ、ぶん殴ってでも目覚ましてやれ。
伊武隼人
はぁ…?
伊武はあり得ないという風に俺の顔を見つめた。
犬亥鳳太郎
…協力するよ。可愛い弟分の為だ。
俺は軽く笑ってそう言った。
伊武は暫くぽかんとしていたが、席を立ち、ぺこりとお辞儀をした。
伊武隼人
……ありがとう、兄貴。
犬亥鳳太郎
どういたしまして。
伊武はまた俺の隣に座って、しみじみと呟いた。
伊武隼人
兄貴の娘さん、羨ましいねぇ…
犬亥鳳太郎
何でだ?
伊武は少し寂しそうに笑った。
伊武隼人
だって、俺みたいな奴の話も聞いてくれるんだ。娘さんの話もちゃんと聞いてあげているんだろうなって思ったんだよねぇ…
俺は何も言えず、伊武を見つめていた。
どういたましてーって書きたい。のに、犬亥の兄貴はどういたしましてしか言わなそう…

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