「あー……しんど」
意図せず口をついた言葉に、自分でも呆れてしまう。そもそもどうして幽体離脱なんか。今まで信じてこなかったものを身をもって体験してしまうと、こうも変な感情になるのか…。
そんなことを考えながら、ぼーっところちゃんを見つめる。相変わらず全く起きる気配のない"本体"は、今夜も気持ちよさそうに意識を飛ばしているようだ。
「こーろちゃん」
試しに名前を呼んでみる。
が、当たり前に返答はない。まぁそりゃそうだ。頬杖をつきながら珍しく本を読んでいる彼の耳には、届くことなんて無いんだから。
(……はぁ)
とはいえ、もう慣れた。何故って、幽体離脱してかれこれ3日が経ったからだ。
…いや、幽体離脱に慣れも何もないか。取り敢えず、目の前にいるのに触れられないという屈辱には順応した、ということにしておこう。
ころちゃんに聞こえないのを良いことにため息を吐き、彼の背にもたれ掛かる。神様の手によって勝手に幽体離脱させられているわけだから、やることがない。そんな僕にとってころちゃんの温もりを感じるっていうのは、ぶっちゃけ最高の暇つぶしだ。本人には絶対言わないけど。そして毎日、こう思う。
(早く起きてよ、僕のバカ。)
って。
メンバーや家族、リスナーさん。
沢山の人が待ってくれてるっていうのにさ。
無言で神様の言いなりになった今の僕に、出来ることは無いだろう。でもだからこそ、そう思ってしまうんだ。
「早く起きてよ、るぅとくんのバカ。」
ぼそっと呟やかれたその言葉を、俺は聞き逃さなかった。どうせころんだろ。と思いつつ入った病室には、案の定水色髪のへなちょこが一名。
「おはよ、まだ居たんかお前」
粘るなぁ相変わらず。
奴が怒るであろうその言葉は胸にしまい、微笑みを浮かべて椅子に腰掛ける。
「まーね。心配だし」
「…ふーん」
ころんらしくないふんわりとした答えに、俺も思わず曖昧な返事をしてしまった。
るぅとの髪を撫でて笑顔を浮かべるころんは、本気で心配そうだった。まぁ言ってしまえば、俺も同じだが。あのるぅとがこんなにも長い時間目を覚まさないなんて、ナチュラルにただ事じゃないからな。
「まぁ…るぅとのことだし、すぐ戻って来るよな」
「…うん。きっとそうだよ」
早朝から差し込む太陽の光が少しだけ眩しい。それに目を細めたころんは、何故か少し嬉しそうだった。
俺の発したその言葉は、果たしてころんに対する慰めなのか、自分への言い聞かせなのか分からない。否後方に違いないが、俺はそんなキャラじゃないのでそれには目を瞑ろう。
そうしているうちに、だんだんと病室の外が騒がしくなってきたのを感じる。なにしろ今は夕方なわけで俺のようにお見舞いしにくる人達が多いから、恐らくそれだろう。二十四時間働いて、看護師さんも忙しいなぁ…とぼーっとドアを眺める。すると、突然ころんが俺に向かって呟いた。
「…さとみくん、あのさぁ」
「ん、どしたん」
ふと髪を撫でていた手を止め、俺の方に向き直すころん。その光景がなんだか改まって感じて、無意識に背を伸ばす。
「僕ね、最近変な夢見るんよ。」
「…変な夢?」
何かあったのかと思ったら夢の話か。
ちょっとした安堵に駆られ、胸を撫で下ろす。深刻な話じゃなくてよかった、とばかりに─
「夢の中でね、るぅとくんが話しかけてくんのよ。なんか話してた気もするんだけど、何故か起きたら記憶が無くてさぁ」
「……え?」
─いやいや、流石に前言撤回。
それだいぶヤバイやつなんじゃ?ワンチャンホラー展開くるぞこれ。色んな意味でドキドキする胸を鎮め、あくまで冷静に会話することに集中する。
「ころん、その夢見るようになったんいつ?」
「へ?えーっとね、確か昨日、一昨日くらいかなぁ?」
「なるほど…」
なんで?とばかりに首を傾げるころん。
昨日、一昨日…か。としばらく頭を悩ませたが、思い当たる節がこれといってない。
そもそもその夢にあまり意味は無いのかもしれないが、俺の勘は『何かある』といっているのだった。
「言うて何も起こらないしね!」
「まぁ、な」
俺の思ったことを読み取ったのか、ころんが明るく笑う。いや、そこなんだよなぁ…ともう一度首を傾げたが、これ以上考えても答えはでなさそうだ。言ってみればそんなに重く考える必要もないしな…と、思考を放棄した。
時計の針だけが淡々と進んでゆく。その空間が妙に気まずくて、俺は窓の外に目を向けた。小鳥が木にとまるその様子を、意味もなく凝視しながら。
『るぅと、ほんとに目ぇ覚ますんかな』
なんて弱音、言えるわけがなかった。
「本心だろう」と問い詰められたら無論言い訳は出来ないが、ころんを前にしてそれは禁句だ。ぶっちゃけそんな言葉を口に出してしまったら、俺の涙腺がどうなるか計り知れないというのも理由の一つだが。
「…」
ただ無言で時が過ぎる。
俺はゆっくりとその時間を噛み締めながら、無理矢理不安を押しやった。













編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。