耳に馴染んだ、優しい声。
私はぱっと顔を上げて、お姉ちゃんを手招きする。
労りの言葉をかければ、お姉ちゃんは苦笑いしながらこちらに駆け寄ってきた。
私はお姉ちゃんに視線を向けて、眉を下げる。
お姉ちゃんのバイト先は、いわゆるブラック企業ってやつだ。
本当はそんなところで働いてほしくはないんだけど、本人は文句を言いつつ、楽しく務めているみたいだから、私は口出ししなくてもいいかな、と思っている。
それに、お姉ちゃんはすぐに色んな人ととっかえひっかえ交際しているから、お金が尽きるのが早い。
一人暮らしをしているお姉ちゃんにとって、短時間でいっぱい稼げるバイトは、必須条件なのだ。
あ、もちろんヤバいバイトじゃないよ?
………たぶん。
お姉ちゃんは申し訳無さそうに眉を下げながら、私の顔色をうかがっている。
どうやらお姉ちゃんは、待ち合わせ時間に遅れたせいで、私が怒っていると思っているらしい。
でも、私は事情を知っているし、頑張っているお姉ちゃんの姿も見ているのに、怒るような人間ではない。
私は小さく笑って、お姉ちゃんの手を引っ張った。
その言葉に、お姉ちゃんは、誰もが見惚れるような笑みを浮かべ、歩き出した。
だから、私は気づかなかったんだ。
お姉ちゃんが、そう呟いていたことに。
お姉ちゃんとのショッピングも終わり、私は期待に満ちた瞳で、あるところに視線を向ける。
その、あるところとは。
そう、映画館!!!
なんと今日、私とお姉ちゃんが欠かさず見ているアニメ、名探偵コナンの劇場版が公開されるのだ。
なかでも、私とお姉ちゃんの推しは怪盗キッド。
何もかも見透かしたかのような不敵な笑みに、高い身体能力と頭脳で、ピンチになればさっそうと駆けつけてくれる、イケメンで最高にかっこいい泥棒だ。
私はお姉ちゃんに相槌を打ちながら、映画館の中に足を踏み入れる。
と、途端にモワッとした熱気が私たちを包みこんだ。
お姉ちゃんが言った通り、映画館の中は人、人、人!
人だらけで、数歩歩けばすぐにぶつかってしまいそうだ。
お姉ちゃんは、はぐれないように私の手を取ると、スタスタ歩き出した。
向かった先は、一人でポップコーンの列に並んでいた男の人。
彼は顔を赤く染めながら、自分の後ろを指した。
ところが。
お姉ちゃんは、えぇ、と体を男の人に密着させ、困ったように笑う。
お姉ちゃんは私の手を引いて、男の人に手を振り、列を抜かした。
そう言いながら後ろを振り返れば、男の人はニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべながら、お姉ちゃんの方をじっと見つめている。
……やっぱり、申し訳無くないかも。
今のは見なかったことにして、私はまた前の男の人に声をかけている、お姉ちゃんを追った。
お姉ちゃんは、笑ってそう言うけど、でも、と、私は思考を巡らせた。
お姉ちゃんは常に、私のためを思って動いてくれる。
それはわかっているのだ。
だけど、周りの人に迷惑をかけてまで、誰かに恨まれる可能性があることまで、やってほしいとは思わない。
私は、お姉ちゃんとおしゃべりしながらポップコーンの列に並ぶのだって、楽しみのひとつなのだ。
お姉ちゃんは、違うのだろうか。
時々、お姉ちゃんの事がよくわからなくなって、私はそれが怖かった。
考え事をしていれば、周りが見えなくなる。
気づけば、お姉ちゃんはポップコーンを片手に、私の顔を心配そうに覗き込んでいた。
心配されたくはないと、私は笑みを浮かべる。
お姉ちゃんはホッとしたように頷いて、じゃあ、とチケットを取り出した。















編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。