第50話

人の形をした神
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2025/11/04 09:00 更新
 ――ミレナは、空を見上げていた。
 そこにあるのは青ではなく、白く濁った虚無。
 世界そのものが“呼吸”をやめたように静まり返っていた。

 地面は光の欠片でできた海のようにゆらめき、
 風は祈りの声を運ぶ――
 けれど、その声には「命」がなかった。

 ミレナの髪が光に溶ける。
 肌は透き通り、輪郭が崩れていく。
 ――もう、人ではない。
 だが彼女はまだ、“神”にもなりきれていなかった。

 そんな中、遠くからエマが走ってくる。
 ボロボロの衣装、血の滲む腕。
 それでも、彼女は迷わなかった。

「ミレナ……!」
 その声に、神はゆっくりと顔を向けた。
 瞳は金色に光り、焦点が合っていない。
 まるで、何かを見通しているように――人間の“今”ではない何かを見ていた。

「……あなた、誰?」

 その問いが、エマの胸を刺す。
 あの戦場で笑っていた少女の声が、もうどこにもない。

 エマは叫んだ。
「わたしよ! 一緒に戦ったエマ! あなたを、友達を、取り戻しに来たの!」

 ミレナの手が上がる。
 そこから無数の光の線が伸び、天に届く。
 その光は「存在の糸」だった。
 触れたものの“記録”を吸い取り、世界を組み替える。

 エマはその中を突っ切り、ミレナに近づく。
 光が肌を裂き、血が滲む。
 それでも止まらない。

「あなたが壊した世界は、あなたのせいじゃない! ステラが、全部――!」

 その名前に、ミレナの目がかすかに揺れた。
 ほんの一瞬、少女の顔が戻る。
 だが次の瞬間――頭の中に、声が響く。

『聞こえる? ミレナ。あなたの痛みは、もう“不要”なの。
 神は、苦しまないでいいのよ。』

 ステラの声だった。
 光の糸が一斉に赤黒く染まり、ミレナの身体を包み込む。

 エマは見た――
 ステラが、鏡の中から現れたのを。
 黒いドレスを纏い、瞳には星のような光。
 彼女はゆっくりとミレナに歩み寄る。

「もう、苦しいでしょう? あなたは“神”には向かない。
 けれど、あなたの力は素晴らしいわ。
 だから……この手に、戻してちょうだい。」

 ミレナは震える手で胸を押さえる。
 その奥に、まだ“鼓動”があった。
 ――それは、彼女が“人”だった証。

「……いや。ステラ、わたしは……」

 言葉が続かない。
 代わりに溢れたのは光――いや、“涙”だった。
 それが地面に落ちた瞬間、世界が歪む。

 光が砕け、空が反転する。
 白い虚無の空が黒に染まり、星が散る。
 その中央で、ミレナの背に再び翼が生えた。
 ――片方は光、もう片方は闇。

 ステラが一歩、踏み出す。
「そう、それでいいの。
 光も闇も持つ神。あなたこそが、わたしの“理想”。」

 エマはその光景に震えながら、剣を構える。
 ステラの瞳が、彼女を一瞥する。

「あなたも駒になる? それとも――この神に殺されたい?」

 風が吹き荒れる。
 ミレナの口が、ゆっくりと開いた。

「わたしは……救いたい。
 だけど……誰を?」

 その問いに、答える者はいなかった。
 ただ、彼女の中で光と闇がぶつかり合い、
 世界が再び崩壊の音を立て始めた。

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