幸せだ。
静と遊んだ日は必ずこのどうしようもなく恍惚とした、波のように押し寄せてくる気持ちに全身が包まれる。
それは家に帰って自分の部屋に入ったって収まりはしない。部屋のベッドにすぐさま飛び込み、
今日の事を思い返す。ただいまを言ったかどうかとか
そんな事ももう覚えてない。
今までも、静以外の友達と遊んだ事が無かった訳じゃあない。静に比べれば遊んだ回数こそは少ないものの、
その友達とだって遊んでいて普通に楽しいと感じる。
ただ、静と遊んでいる時はどこか特別な気がする。難しくて上手く言葉に出来ないけれど、ピンクで甘く優しい香りがするような幻想的な場所に来てしまったようで...
...多分静が使っている柔軟剤かシャンプーがいい匂いなだけだと思うが。
「.......静...」
ふと、自分以外の誰もいない部屋で静の名前を呟いてみる。
勿論返事なんて返ってくる訳無い。私も、わざわざ誰もいない部屋で返事が欲しくて人の名前を呼ぶだなんて
そんな間抜けな事はしない。
ただ、静に対する気持ちが昂りすぎたらその都度彼女の名を一旦口に出してるだけ。こうすると自然と気持ちは落ち着いてくるのだ。
言ってしまえば、焦りや不安の気持ちから逃れるために深呼吸をするのとほぼ変わりない。
そうは言っても、今日はなんだか変だ。一段と静に対しての訳が分からない気持ちが沢山溢れてくる
ここ最近、いや、ここ数年か。小学生の頃こそ静についてはただ他の子に比べ特別仲のいい親友としか思ってなかった訳だが。中学1年生になった今、やたら静の事を
意識してしまう
意識、というのはどういうことか....
ベタな話だが、静といる時は他の子といる時よりもずっと気分が明るく楽しくて、夢でも見ている感じがする。
それこそこの気持ちはもしかして「恋」とかそういうの
じゃないかとも思った。
だが、正直私は静が友達として大好きだけれど、
キスがしたいとかハグしたいとか...
そういう風に考えたことは1度もない。
まして、それ以上の事なんてもってのほかだ。
まだそんな年齢でもなければ、私達は女同士...ありえない。
一応今は性だ恋だ愛だと多様性が謳われる時代なのだし、私もそれに対しては否定的な気持ちは一切無い。
あくまでも自分自身がいわゆる"そちら側"ではないだけ。
きっと静だってそうだ。だから、「ありえない」んだ。
思春期っていうのは厄介だな、と。こんな時つくづく思う
恋愛に興味が湧き始めるとは保健の授業で習ったものの、こんな恋愛感情でなくとも訳が分からない変な気持ちが湧いてしまうとは....勘弁して欲しい
頭がだんだんこんがらがってきた気がして、耐えられずにまぶたをゆっくりと閉じた。
いよいよ何も考えたくなくなってきた時、まずは視界をシャットダウンするといいんだとどこかで聞いた。
ふと、脳裏に今日の思い出がよみがえってくる。
静に髪を撫でられた。腕を掴まれた。自身に触れられたのだ。
だからなんなんだ。なんなんだよ。
所詮ただの友達同士。普通によくある事じゃあないのか
髪を撫でてきたのだって元は髪についてた枯葉を取ろうとしただけだし、腕を掴んできたのだって、浮かない顔をしている私を心配した静なりの思いやりの行動だ。
なのに、こうして自分の頭では必死に言い聞かせているのに。どうして。
胸の辺りがジンジンと熱い感じがする。
きっかけや理由が何であれ、静は私に触れた。静は私に近付いた。
どうしてか、それがどうしようもなく嬉しかった...
思い出すだけで胸どころか体全体が熱くなる気がする。もうダメだ、これ以上下手に色々考えてたら脳が本気で溶けてしまいそうで。
自分でも気付かないうちにそのまま意識が段々遠のいて、知らない内に眠ってしまった。
その後一旦は起きて深夜にシャワーを浴びたり水を飲んだりしてまた眠りについたような気がするが、ほとんど詳しい記憶は残らなかった。












編集部コメント
引きこもりのおじさんと真面目な女子高生という組み合わせがユニーク。コンテストテーマである「タイムカプセル」が、世代の違う二人をつなぎ、物語を進めるアイテムとして存在感を発揮しています。<br />登場人物が自分の過去と向き合い、未来に向かって成長していく過程が丁寧な構成で描かれていました。