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第1話

0001.施設暮らしの少年
6
2025/08/06 15:18 更新



 ──まただ。


 また、あの夢だ。


 いつも突然始まる。


 なんの前ぶれもなく、勝手にスイッチが入るテレビみたいに。


 毎回同じ展開。


 まるで、同じ映画を繰り返し見せられているように。


 ──はじまりは、ゴロゴロ鳴ってる雷の音と、ザーザーうるさい雨の音。


 すごく近くで鳴ってる気がして、耳の奥がジンとする。


 気づけば、オレは白いテーブルの前に座っていた。

 テーブルの上には、ごちそうがずらっと並んでて、あったかい湯気と、甘い匂いが鼻に届く。


 ケーキとか、スープとか、ステーキとか、なんかいろいろ。


 どれもすごく美味しい。


 まわりの壁には、風船とか、折り紙で作った飾りが貼ってある。


 ちょっと下手だけど、多分これは誕生日パーティーの最中だ。多分オレの。


 テーブルの向こうで、二人の大人が歌ってる。


「ハッピバースデー・トゥーユー♪」


 その隣で、小さな男の子がはしゃいでいた。


「にぃに。はっぴちゅーゆー!」


 ……うん、惜しい。


 けれど、

 胸が、あったかかった。


 これが、“家族”ってやつなんだろうなって、なんとなく思う。


 ……でも。


 知ってる。


 このあと、どうなるか。


 夢なのに、オチまで覚えてるなんて変だけど、何度も見たから知ってるんだ。




 ──ザッ。


 ほら。こんな風に急に変な音がして、目の前の映像が乱れる。


 テーブルも、料理も、飾りも、全部ぐにゃって曲がって、黒くにじんで、消えていって。


 ──次にオレがいたのは、玄関だった。


 床の上に、二人の大人が倒れてる。


 目を閉じたまま、動かない。


 さっきまで歌ってた人たちだ。


 服の下から、ペンキをこぼしたような赤黒い水たまりが、ゆっくりと、じわじわと、オレの足元に近づいてくる。


 そのそばに、誰かが立っていた。


 顔には、ひょっとこのお面。

 お祭りで見るやつだ。


 でも、この空気には、ぜんぜん似合ってない。


 手に持ってるのは、赤くぬれた包丁。

 先からポタッ、ポタッて、血が落ちてる。


 お面の人は、何もしゃべらない。



 けど──わかる。



 笑ってる。

 お面の下で、すごく楽しそうに、笑ってる。

 顔は分からないはずなのに、不思議とそうとしか思えなかった。


 その手が、ゆっくりこっちに伸びてくる。


 ──やばい。


 体が動かない。

 頭の中が「逃げろ」って言ってくるのに、足がぜんぜん動いてくれない。

 口も開かない。声も出ない。


 ──殺される。


 心の中で、大声で叫んでる。

 心臓がドクンってして、背中がゾワゾワした。


 ……次の瞬間、口元に変な布を押し付けられた。


 鼻の奥をツンと刺すにおいが広がって、ぐらっ──と、景色がゆれた。


 体が沈む。


 どんどん下へ、下へ……

 まるで底のない穴に落ちていくような。


 そんな変な感覚がした。


 やがて目の前が真っ暗になって。


 ──そこで、オレは目を覚ます。


 鳥の声がした。


 山のほうじゃない。

 もっと近い。たぶん、窓のすぐそば。


 オレは目を開ける。

 見慣れた天井が、そこにあった。


 木の板が何枚もならんだ、ちょっと古くて、ところどころ汚れてる天井。

 雨漏りの跡なのか、染みがあちこちに浮かんでて──

 そのうちのひとつは、親子が手をつないでるみたいな形に見える。

 たまに別のものに見えたりするから、錯覚って不思議だ。


 のそっと上半身を起こして、壁の時計をにらむ。



 起きる時間は7時だから、あと10分は寝ててよかったのに。

 でも、もう一度まぶたを閉じるには、微妙な時間。
 原因は、はっきりしてる。

 あの夢のせいだ。


 何回も見る、同じ夢。

 始まりも終わりも毎回同じで、しかも、夢のくせに音や匂いがやたらリアル。


 ……たぶん、オレの記憶なんだと思う。


 でも、それ以外は思い出せない。

 まるで、頭の中にもう一人のオレが住んでて、

 そいつだけが知ってる秘密を、毎晩見せてくるみたいな感じ。

 布団をめくった瞬間、むわっとした空気が首筋にまとわりつく。

 あくびをひとつして、背中をぐーっと伸ばす。


 腕を上に上げたら、指先がなんかべたべたしてて、ちょっとイヤな感触だった。


 この部屋には、三段ベッドがふたつある。

 つまり、六人部屋ってこと。


 上からのぞくと、みんなの布団が、それぞれの呼吸に合わせてゆっくり動いてる。

 中には、頭までぐるっとくるまってるやつもいて、誰が誰だかわからない。


 こんなに蒸し暑いのに、苦しくないのかな。


 オレの寝床は、左側のいちばん上。


 三段ベッドのてっぺん。


 随分と年季が入ってるみたいで、上り下りのたびに、鉄のフレームがギシギシ鳴るのがうるさい。


 下に誰か寝てるときは、音を立てないようにそーっと動く必要があるから、夜中にトイレに行く時なんか、わりと真剣なアスレチックになる。


 でも、てっぺんって、なんか特別だ。


 上からだと部屋が全部見えるし、秘密基地みたいな気分にもなれる。

 ……まあ、天井が近すぎるのは、ちょっと失敗だったけど。


 なんてったって、七月の空気は重い。


 熱が上にたまるって、本当だったんだなって実感するレベルで、寝てるあいだに背中がぺったぺたになってた。


 夜に扇風機を回しても、上まで届くころには風がぬるくなってるし、

 誰かがこっそり“自分だけに当たる角度”に直してるのも、オレは知ってる。


 それが、最近のちょっとした不満。


 ここは、未来園みらいえんって名前の施設。

 大人の言い方だと、“児童養護施設”ってやつになる。

 でも、そんな言葉を使うやつなんて、所長くらいしかいない。


 要するに、親がいない子どもが集まって暮らしてる場所。


 建物は三階建て。

 一階には主に、職員室と食堂と、大広間がある。

 二階はオレたち男子の部屋。三階が女子。ちゃんと分かれてる。


 玄関の黒板には、今日のひとことがチョークで書かれてたり、

 掲示板には、週に一度のペースで誰かの誕生日カードが貼ってあったりするけど、

 それを見て「家みたいだな」って思うやつは、あまりいない。


 ここは“そういう場所”で、

 “そういう朝”が、ただ繰り返されていくだけだ。

 ──7時になった。


 廊下の足音が近づいてきて、ガラッとドアが開く。

日比谷
日比谷
朝だぞー、起きろー

 入ってきたのは、周平兄ちゃん。高校三年生の18歳。


 上半身は裸で、肩にくしゃっとなったタオルをかけてる。髪はぺたんと寝癖のまんま。
日比谷
日比谷
……ん?
紅之介、もう起きてたのか
相変わらず早ぇなお前は
 その声に反応したのか、どこかの布団がもぞっと動いて、「ううー……」と誰かがうなった。

 止まっていた空気が、少しずつ動き出す。


 周平兄ちゃんは、ベッドをひとつずつまわって、ぽんぽんと布団を叩いていった。

 力は強くないけど、テンポは容赦ない。


 この施設には、2歳から18歳までの子どもたちが、だいたい60人ぐらい住んでいる。

 学年とか年齢でグループが分けられてて、オレの班は、小学三年から五年の男子の部屋。


 オレはそのちょうど真ん中。10歳、小学四年生。


 10歳を超えると、「当番」ってやつがまわってくる。

 朝の点呼係とか、廊下とトイレの掃除係、ごはんの配膳係なんかが、日替わりで割り振られる。


 それ以外にも、イベントの時期になると増える係があって、夏はプール掃除、冬は薪ストーブ係──なんてのもある。


 年齢のバランスで仕事量は決まるけど、基本的に年上の子の方がやる事が多い仕組みになっていた。


 でも、文句を言う子はいない。

 言ったところで、なにも変わらないから。


 やがて、ベッドがひとつ、またひとつ、ぎしっと音を立てて揺れ出した。

 みんなが這い出してきて、布団を畳む音が部屋じゅうに広がっていく。


 シーツをピシッと伸ばすやつもいれば、ぐしゃぐしゃのまま丸めるやつもいる。

 でもそういうヤツは、あとで先生にしこたま怒られる。


 布団を畳み終わると、次は洗面所。

 歯を磨いて、顔を洗うんだけど──


 でも。それよりもまずはトイレだ。


 この階には、トイレが二つしかない。

 だからみんな、起きたらまずトイレに向かう。朝のちょっとしたレースだ。


 もし誰かが腹こわしてたりしたら、もうアウト。

 列はどんどん伸びて、タイミング悪いと朝メシに間に合わない。


 だからオレは、夜はなるべく水を飲まないようにしてる。

 地味だけど、それがここで生活する知恵ってやつだ。


 洗面台の前に立って、蛇口をひねる。

 水が出ると同時に、鏡に映った自分と目が合った。


 白い髪に、てっぺんだけ赤く染まった髪。ここに来た時は、園のみんなにニワトリみたいってよくからかわれたけど、もう慣れた。


 オレの名前は緋月紅之介ひづきこうのすけ──


 鏡の中の自分は、今日も眠たそうな顔をしていた。

 冷たい水で顔を洗って、タオルでガシガシ拭く。

 7時20分。朝ごはんの時間。

 食堂は、すでにざわざわしてる。


 正面の扉を開けると、冷房の涼しい空気と、焼いたパンの匂いがふわっと広がってきた。

医者
医者
オレ、もっと大盛りがいいー!
 ……あいかわらず、うるさい。


 朝から元気いっぱいにはしゃぐ幼児たちのテンションは、正直頭に響く。

 目をこすりながら、配膳の列に並んでいると──
煉
にぃに~!
 うわ、来た。めんどくさいのが。


 ちっちゃいのが、足をバタバタさせてこっちに向かってくる。


 恐竜の絵がついた黄色いシャツに、サイズちょっと大きめのズボン。オレとよく似た顔。
煉
おはよう、にぃに!
 名前はれん。3歳。オレの“弟”らしい。


 ……らしい、ってのは、オレにその記憶がないから。

 なのに、こいつは毎朝ふつうに「にぃに」って呼んでくる。

 すごく自然に、まるで昔からそうだったみたいな顔で。



 オレがたまに見る、あの夢の中には──

 いつも、こいつが出てくる。


 隣で一緒にケーキを食べてたり、一緒に笑ってたり。


 ──だから、たぶん本当に、弟なんだと思う。


 おかしなこと言ってるのは、自分でもわかってる。

 でも仕方ない。本当に覚えてないんだから。


 ……いわゆる、記憶喪失ってやつだ。


 大人たちの話によると、オレと煉は「桜城さくらぎ県・児童連続バラバラ殺人事件」というヤツの生き残りらしい。


 サスペンスドラマのタイトルみたいだけど、本当にあったことで、なんでも犠牲者は20人以上。しかも被害者の体の一部は、今も見つかってないとか。


 父親と母親は、オレたちを庇ってそいつに殺されたらしいけど、やっぱり何の記憶もない。


 オレにとっての一番最初の記憶は、真っ暗な暗闇の中で、女の人の声が聞こえたこと。

 そして、病院の中の、白い天井だった。


 病院の先生には、「事件のショックで記憶が飛んだんだろう」って言われた。


 そしてここ、“未来園”に預けられたってわけ。


 周りの大人たちは、オレを見るたびに「かわいそう」とか「辛かったね」とか言ってくるけど、正直、何が辛かったのかも、わからない。


 何度も言うけど、そもそも覚えてないんだもん。


 たとえるなら、カレーを食べた事もないのに、カレーパンの美味しさについて説明しろって言われてるくらい難しい。


 だから煉に対しても、最初はどう接すればいいのか分からなかった。


 血の繋がった、たった一人の家族。

 頭では理解してるけど、感情が追いついてこない。


 それでも煉は、今日も変わらず笑っている。

 手を伸ばして、オレの袖をつかんで、にこにこと見上げてくる。


 その笑顔に、戸惑う自分がいるのも何だか気まずくて。

 結局今日も、いつもみたいに「おはよう」とだけ返す事しか出来なかった。

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