「真波山岳。......お前が結紀菜の隣を走るに相応しいか、俺が測ってやるヨ」
裕介がタクシーのトランクから、イギリスから持ち帰った愛車を取り出す。それは、結紀菜の純白とは対照的な、独特のオーラを放つフレーム。
その場にいた全員が、空気が一段落「熱く」なったのを感じた。
真波「光栄だな。......伝説のクライマーに、テストしてもられるなんて」
真波は口角を上げ、サドルに跨(またが)り直す。その背中は、目に見えないほどの巨大な「翼」が広がっているようだった。
結紀菜「お兄ちゃん、待って......!」
結紀菜が制止する間もなく、二人の天才は示し合わせたように同時にペダルを踏み込んだ。
蜘蛛の糸、翼を捕らえる
「クハッ!!」
裕介のダンシングが始まる。車体を左右に、限界まで大きく、激しく揺らす「頂上の蜘蛛」の異形。
対して、真波は風を味方につけ、ギアを上げて加速する。
二人のスピードは、通常の練習の域を遥かに超えていた。
東堂「待て巻ちゃん!私も混ぜろ!三つ巴でこそ山神は輝くのだ!」
坂道「あぁっ、東堂さん、置いていかないでくださいー!」
後方を追う二人を引き離し、裕介と真波はつづら折りの坂を猛スピードで駆け上がっていく。
裕介「......真波、お前は自由だ。......だかな、自由ってのは、時に隣にいる者を振り落とすっショ。結紀菜は......お前のその『気紛れな風』についていけるほど、柔(やわ)じゃねえヨ!」
裕介の言葉は、単なる牽制(けんせい)ではなかった。自分と同じ、山に魅入られた男だからこそ分かる「危うさ」への忠告だった。
真波「......分かってるよ、巻島さん。だから俺は、彼女を選んだんだ」
真波がさらに加速しようとした、その時。
「ーーお兄ちゃん、真波くん。......置いていかないで」
背後から、一切ブレがない、機械のように正確な駆動音が迫る。結紀菜だった。
溶け合う二つの血脈
驚く二人の横に、結紀菜が並ぶ。
激しく揺れる裕介の「動」と、軽やかさに舞う真波の「翼」。
その真ん中で、結紀菜は上半身を石像のように静止させ、超高回転(ハイケイデンス)で路面を削り取っていた。
裕介(......っ、この勾配で、一切軸がブレてねぇ......!俺の『動』にも真波の『風』にも惑わされず、自分のリズムを刻んでやがる......!)
結紀菜の瞳には、ふわふわした少女の面影はなかった。
そこにあるのは、兄から受け継いだ、頂点(てっぺん)を獲る者の鋭い光。
結紀菜の「静かなる蜘蛛」の糸が、裕介の揺れと真波の風を繋ぎ止め、一つの美しい旋律(シンフォニー)へと変えていく。
それを見た裕介は、思わず小さく笑った。
裕介「......クハッ。......俺の心配は、お門違いだったみたいだヨ......ショ」
裕介は少しだけ力を抜き、真波に視線を送った。
「......真波。......妹を、よろしく頼むっショ」
真波「ーーはい!」
夕暮れの箱根。
日本に帰ってきたばかりの兄と、彼を慕う後輩、そして自分自身の道を見つけた妹。
三人の影は、長く、そして力強く、頂上へと伸びていった。











編集部コメント
主人公は鈍感で口下手ではあるものの『コミュ障』というほどではないので、キャラの作り込みに関しては一考の余地があるものの、楽曲テーマ、オーディオドラマ前提、登場人物の数などの制約が多いコンテストにおいて、条件内できちんと可愛らしくまとまっているお話でした!<br />転校生、幼馴染、親友といった王道ポジションのキャラたちがストーリーの中でそれぞれの役割を果たし、ハッピーな読後感に仕上がっています。